mahoutukaikunのブログ

カルマの法則、カルマタロットを日々研究中のみかんです。 何気ないある日だったり、感じたことだったりを、気ままに更新できたらと思っています。 日常の呟きの中で、少しでも興味を持っていただけたら嬉しいです。 どうぞよろしくお願いいたします。

一般常識を超える!

私の住んでいる近くに大きな病院が建設されることが決まってから、その病院を巡ってあらゆる環境の変化が起こっています。

駅のロータリーが、格段に広くなったり、駅前の駐車場を潰してマンションの建設が始まったり、道路幅もも大きく広がったり、、、。

個人的に度肝を抜かれたのが、あるドラッグストアAさんなのですが、
その病院のおおよそ半径2キロメートル範囲内に、なんと5つも!新店舗をオープンさせたのです。

一瞬なんのために??と思ったりしましたが、
ある情報通から、
「病院に入院するとなると、ドラッグストアが必須。近くにあれば、必ず寄るし、買うものを忘れたら、何度も寄るでしょ?
おむつ、下着、歯磨きセット等、、それから、処方箋持ってくることもあるかも、、」
と教えてもらいました。

確かに、我が家も今は亡き父の入院時は毎回ドラッグストアを駆け廻ったものでした。

その話からすると、病院の周りには比較的大きな道路がおおよそ3本通っているのですが、どの方向から病院に向かったとしても、どこかには寄れるようにと店舗を構えたのかもしれません。


上記、病院とドラッグストアの関係性が業界では常識だとすると、いくつかのドラッグストアさんも、病院の建設予定地に近い場所に店舗を構える価値があるか?などを天秤にかけて検討しはじめていた可能性もあります。

しかし、この上記のドラッグストアAさんが、病院の建設が決まった瞬間、あっという間に5店舗も半径2キロメール範囲内に店舗を構えた後では、為す術もなかったのかもしれません。


このドラッグストアAさんの責任者は、いつから?何年前から?この計画を想定し、企画し、水面下で進めていたのでしょうか?

現在、ドラッグストアAさんは、5店舗とも営業中ですが、今はまだ病院が建設途中なこともあり、お客様はまばら状態です。

未来に期待して。とはいえ今は我慢の時なのかもしれません。


病院完成後の街の変化が、非常に楽しみな私であります。

カシミヤ100%

セレクトショップの店内をぷらぷらしていると、
同じデザイン、同じ色味のコートが、こちら側とあちら側に置いてあるのを見つけて
『あれ?』と立ち止まったら
私の友人でもある店長さんが、
『あちらは通常仕立て。
こちら側のはカシミア。ふふふ。』
と教えてくれました。
『おー!カシミア!ふふふ。』となり、
許可を得てそのカシミアコートを触ってみましたが、軽さ具合や、手触りがそれはもう格段に違いました。

『本物は体感。』
など、勝手にカシミアコートのCMナレーションを妄想し、店長さんと二人で盛り上がってしまいましたが、
冗談はさておき、
現実でも、この『本物は体感。』を実感することってないでしょうか?

例えば、
同じスポーツをしている天才?二人がいるとします。
一人は天才で、一人はすごい天才だったとき、
二人とも素晴らしいのですが、すごい天才というのは、
近くで一緒にプレーした人だけが感じるちょっとした安心感の違いであったり、テレビなどのツールを通してではなく、実際目の前でプレーしているところを見た人だけが感じる、感動の違いであったり、あるいは、その道のプロであれば気づく、ミクロの動きの違いであったり、、、
まさに理屈を超えた体感。感動。
それこそが本物ではないかと思うのです。

『すごい天才』は、『天才』と、たった半紙1枚ぶんの差のように思うのですが、
このたった半紙1枚ぶんの違いを、

『凡人』は、軽く考え、
『天才』は、重く、深く、とてつもない距離として考えて、努力し続けるからこそ、すごい天才に近づけるのだという気がします。


並んでいたら全く同じに見える品物。

カシミア版のお値段はちょうど倍!
それに対して、触った感触(体感、感動)は
『気持ち良さ100倍!』でした。


私自身、ぜひカシミア100%を目指し精進したいと思います。

自分自身の価値

自分が何について価値を感じるか?にも繋がるのですが、これは、例えばあなたが何かの購入を決めるとき、なぜそれを購入しようと思ったか?
もしくは、現在迷っているならその理由はなにか?(その商品のどこかに気になる部分があるのか?それとも、足りない部分があるのか?それとも過剰な部分があるのか?それとも、他の商品と比べて迷っているのか?また、他の商品と比べての場合はその比較する商品との違いは何か?)
結局のところ、買った決めては何だったか?
などについて、
その商品の特徴や自分の感情にフォーカスして、よくよく繊細に観察してみたことはあるでしょうか?

実は、この購入に至るまでの発生している感情はあなたに対して、誰かが抱いている感情(印象)である可能性が高いのです。


逆にこれが欲しい!というものが今は特になく、
あれは苦手。これが苦手。などが簡単に思い浮かぶ方は、それがなぜ苦手なのか?
どうだったら、苦手じゃないのか?
似たようなものなのに、こちらは良くて、あちらはダメ。の場合はなぜあちらがダメなのか?
を、掘り下げてみると面白いかもしれません。

もしかしたら、こうだったらいいのに。こうだったら好きかもしれないのに。と思った理由は、
誰かがあなたに対して感じていることかもしれないとしたら?
仕事の上司や後輩があなたに望んでいるとしたら?
好きな人がこうであればあなたを手放したくないと思っているかもしれないとしたら?

そう考えてみることをおすすめします。



また、自分自身を掘り下げることができたなら、


①あなたの価値や魅力を産み出しているものは何か?(お金、筆記用具、PC、スマホ、本、映画、習い事など)

②あなたの価値や魅力とは?(経験、信用、能力、才能、情報、知識、身体など)

③あなたの価値や魅力を向上させたり、継続させていくために必要なものは何か?(過去からの努力、プロセス、ブランド力、癒し、カッコよさ、余裕、強さ、ゆったりなど)

④価値や魅力を使ってどう戦うか?(仕事、恋愛、人間関係などの対話、アピールの仕方など)

について、考えてみることで現在の自分がどこを強化するべきか?が見えてくるかもしれません。


あなたに、もし、現在、うまくいってない問題が起こっているのならば、上記の①から④を、じっくり見直してみるとよいかもしれない。とも言えます。


上記の①から④を分かりやすく、ある会社組織で表すと下記のようになります。

例 企業A

①企画、開発(価値を産み出すもの)
②製造(この企業Aの生命線)
③宣伝、総務(企業を存続させるためのもの)
④営業(アピール)

そして、もし、この会社が最近、
売り上げが芳しくない。
という実情を抱えているとすると、、
①から④のどこかで、もしくは、すべての箇所で何かしらの問題があるかもしれないので、それぞれをよくよく見直してみる。
と考えたらよいということになります。



最後となりますが、
あなたの個人的な仕組みと
あなたの所属(関連)している仕組みとを、
擦り合わせできるならば、さらにさらに自分を深く掘り下げることが可能です。

答え 2

前回のお芝居についての続きとなります。

周りが大絶賛している中、私の満足感を十分には埋められなかった理由を、個人的見解から、さらに分析してみました。


まず、このお芝居、なぜ行ってみようかという気になったのかというと、役者さんや、監督や、脚本の「社会的地位が高かったから。」(ブランド力が大きかった)なのですが、

そんな場合は、、やはり周りに自慢したくなるのが人間ではありませんか?笑

しかし、様々な事情から、公演を見に行く。ということをあまり公にしないほうがよかったため、私は、周りにこのお芝居のことは一切伝えてなく、そのため、何かの拍子に話題がでても、その話題に乗っかることができませんでした。

もしも、周りにお芝居の話ができる環境で、
「いいなー!」「私も見たいー!」などのリアクションが返ってきていた場合は、
チケットを必死で予約し、時間の確保のための余分な仕事の労力分は、清算できていたような気がします。


次に、素晴らしいお芝居だったことは周りの反応で分かるのですが、レベルの違いをよくわからない私自身の問題で、あまり心に刺さらなかったのです。

では、どうだったら刺さったのか?
ということなのですが、
これは、私自身が重きを置いているもの(重要度の高いもの。)に対して、そのお芝居で触れていることと、その触れられた内容で気分が上がるようなもの。
ではないかと思っています。


あの日、足を運んでいた方たち全員の、重きを置いているもので、そこをお芝居で触れられたら、その内容で気分があがるようなもの。
というのは、非常に難しい気がします。
しかし、大多数の方のそれを満たしている作品などが、世に言うヒット作。となるのではないでしょうか。



上記を、違うもので例えると
あなたはガラス食器集めが趣味だったとします。
あなたは、今日もお気に入りのお店に、食器を物色しにいきました。
一段高いところに、有名高級ブランドのガラス食器セットが置いてあり、それを手にとって眺めていると、店員さんに「お客様お目が高い。限定商品で当店に入ってきたのは1セットのみとなっております。」
など、話しかけてこられました。
なるほど。さすがに素晴らしいデザインで、惚れ惚れしてしまいます。
しかし、あなたは、少し高額だったこともあり、今回は見送ろうと思っていたところ、
横から「あ!あれ私が欲しかった限定セットよ!入荷してきたのね!○○さんも欲しいけど、手にはいらないとおっしゃってたのよ。あの方が買わないのなら、私、買うわ!」と、奥様二人組がそのガラス食器を見つけ、後ろで話しているのを聞いてしまいました。

そして、あなたの手に取っているものを羨ましそうに見つめています。

さて、、あなたは、このガラス食器を諦めるでしょうか?
買ってしまうでしょうか?



ちなみに、あなたの生活、人生の中で、ガラス食器の重要度が低い場合は、いくら店員さんに高級ブランドの貴重な限定セットだと説明を受けても、うしろの奥様方に羨ましがられても、購入に至らないのではないでしょうか?


逆に、ガラス食器に限らず、あなたが生活や人生の中で、重要度を高く見積もっているものならば、社会的ブランドも、周りの声も、関係なく、買わずにはいられないものなのかもしれません。
また、購入後に、社会的ブランドや、周りからの声が高くなった場合は、さらにさらにそれについて追及してしまいたくなるのかもしれません。



今回のお芝居は、私にとって、個人的価値。の部分で引っ掛からなかったこと。
通常、周りからの価値で補えた部分も、その機会がなかったこと。

これが、なんだか、モヤモヤした感想の結果。
だったのかもしれない。と思っています。

答え

少し前に、東京で人気役者と、実力派女優共演の珍しい舞台があり見に行ってきました。
私は元来、お芝居にあまり興味がないのですが、人気絶頂の役者さんということや、脚本家や監督も総出で話題になっていたことから乗り気になったのです。

この公演チケット、人気だったこともあり、20000円弱。席の確保にも一苦労。
また、個人的な事情ですが、交通費や宿泊費が余分にかかり、さらに仕事でタイトなスケジュールがつづいていたため、なんとかかんとか時間の捻出をし、くたくたの状態でお芝居当日を迎えました。


さて、この舞台。
公演後の周りの方たちの「よかったわぁー。」
「やっぱりお上手ねー。」
など、絶賛している声や、満足そうな顔から想像するに、全てにおいて(役者さん、演出、音響、技術等)通常よりも、相当レベルが高かったのは間違いないようでした。


しかしながら、、私の感想は正直なところ、
「まぁ、、悪くはないけど。。。」
というような曖昧なものに留まっていました。

なぜ、周りの評価が高いお芝居に対して、
私だけこのような感想になってしまっているのかというと、
私はこの舞台のために、チケット代と交通費と宿泊費を併せた数万円と、時間の捻出のための労力を支払っているためで、それが、対価的に釣り合わなかったから。
だと自分なりに分析しました。

では、その支払った対価が、どんなお芝居、演出ならば釣り合ったのか?
と考えてみたのですが、、

私は、
元々お芝居に興味があったわけではないので、
「誰よりも上手い演技やレベルの高い演出」
を求めていたわけではなく、
その人気絶頂の役者さんに
「そこでしか見られないもの。他では体験できないもの。」
これを、数万円と、時間と、労力を、支払って(勝手に)期待していたのかもしれません。


そして、上記の「そこでしか見られないもの。他では体験できないもの。」
とは、
私はこれこれこういうものを求めているのです!
といったような自分自身で明確に認識できているものではなく、
それを見たり、聞いたり、体験することにより
(あぁ、私が求めていた答えはこれだ。。。)
と発見?気づかせてくれる?ようなものではなかったのかな?と思ったりしています。


つまり、私は、他では体験できない満足感を提供してくれるならば、それに比例して、高いリスクを背負い、代償を支払うことも厭わない。
ということになるのではないでしょうか。


これを、逆に、私の対人関係、仕事に置き換えて考えてみると、相手にこの満足感を提供できれば、良い関係を作ることができるのかもしれません。



ところで、この他では体験できない満足感(自分でも気づかずにずっと求めていた答えの提供)ですが、
人によっても違うでしょうし、もし、目の前の誰かの満足感を満たすためには私は何を基準に考えたらよいのでしょうか?



目の前の誰かが求めている答え。
これは、私自身がずっと求めていた答え。
なのかもしれません。


つまり、
私が誰かに求めている言葉(求めている行動)
これが、目の前の誰かが、私に求めている言葉(求めている行動)
ではないでしょうか、、、。

インナーマッスル?

(自称)プロ野球の関係者の方から
プロの世界で活躍できるほどの逸材は、歩いている姿から、もう全然違う。とお伺いしたことがあります。

立ち姿だけでもある程度判断がつくらしいのですが、歩いている姿を重要視するのは、動きだし?動き?にこそ、才能や能力が自然とでているから。なのだそうです。

『上手いや下手や、誰が見てもわかるようなところは、後付けや。』と。

ちなみに、何もわかってもないのに、どのあたりをどう見るのですか?と失礼を承知で聞いてみたものの、『いや、こうね、、何て言うかな、、動くときにね、、。うーん、、何て言ったらいいのかなー、、』
と、嫌な顔もせずに、説明しづらい極意的なものを説明していただいたのですが、その言葉を何回か自分の中で繰り返し自己分析した結果、
「足の運びが独特で、歩いているのにすぐには歩いていることに気づかない。歩きはじめたことに数歩目で気づく。浮いたような動き?つまり、周りと完全に調和している。」
のようなことかな?と思ったりしています。

注 調和とは周りと一体化していて、違和感なく人も景色のように認識される(風や空気のような存在)とお考えいただけたらと思います。

極意を言葉で表現するのは、とても難しいですが、
普通に見えているのに、通常周りからは分からない、気づかれない部分に、その道の専門家?の、判断材料がある。というのは、非常に興味深く、今でもよくこのフレーズを思い出します。


見ているつもりで、見えてないもの。
聞いているつもりで、聞こえてないもの。
そのような本質を見抜く能力は、
プロの素質を見抜く眼力同様、欲しくてもなかなか手に入るものではないと思います。
だからこそ、レアで価値が高いのでしょう、、。



つまり、何が言いたいのかというと、、
欲しくても、なかなか手にいれることが難しい能力の
擬似体験的なものが気軽にできるツール。

それが、カルマタロットだと知っていただけたらと思い、書いてみました。

ご興味を持っていただけたら嬉しいです。

最悪よ。好きになってしまったわ。

数日前、雑誌でパリジェンヌ特集をしていたので、なんとなく頁をパラパラめくっていて目に留まった記事があります。

フランス映画のワンシーンを扱っているのですが、
↓↓

自立した大人の女性である主人公が、
自由をこよなく愛し、純粋でいて繊細。独特の感性が魅力でもある芸術家の男性と偶然に知り合い、何度か会ううちに、

「最悪よ。あなたを好きになってしまったわ。」
と、その男性にポツリと話す。

というようなシーンが書かれていました。


さすがアッモ-レの国?!
この冒頭のセリフ、正直でいじらしくて、その上、かっこよくもあり、とても気に入ってしまいました。



「好きになってしまったわ。」の前に付く、
「最悪よ。」には、

大人の女性ゆえの内的な葛藤があったのかも。と、勝手に想像してしまいますが、、
(私の常識なんて通用しないかもしれないし、振り回されるかもしれないし、いつフラッと居なくなるかもしれないし、独特の世界があるし、何考えてるかよくわからないし、、、
みたいなものでしょうか。)


ただ、同じ葛藤があったとしても、
もしも、この主人公の女性の言葉が、

「あなたを好きになるのが怖いの。」
や、
「好きだと言ったらあなたはどうする?」
などだった場合は、

そこまで心に刺さらなかったかもしれせん。



長所と短所は背中合わせと言いますが、
同じく、才能と弱点も同じポイントに存在していると私は思っています。

「あなたを好きになるのが怖いの。」
「好きだと言ったらあなたはどうする?」
だと、相手の才能の部分も、弱点側でしか見てないため、もしも、あなたがその部分を改善してくれるなら(せめて、少し抑え気味にしてくれたら)私はあなたを好きになりたいの。
と、(無意識で)相手を無力化して、自分を守るためだったり、傷つかないための予防線のための言葉になるし、

逆に、
「最悪よ。あなたを好きになってしまったわ。」
だと、男性の才能も、弱点も、すべてを素直に受け入れつつ、大胆な告白はしていながらも、相手に何も望んでいない、答えを求めていないところが、ポイントになるのではないでしょうか?


「あなたを好きになるのが怖いの。」
「好きだと言ったらあなたはどうする?」
と、言われた場合、特にその女性のことを嫌いではなくても、なんとかしなくてはいけない気になり、居心地も悪く、答えにくい質問でもあることから、次に会うことへのハードルが高くなってしまう可能性も考えられます。



つまり、、
男性でも、女性でも、
仲良くやっていたはず、相手も楽しんでいたはず、
いい雰囲気だったはずなのに、
自分では全く原因が分からないまま、
突然?段々?相手からの反応が薄くなったり、メールやラインが返ってこなくなったり、会えなくなったり、といったことが起こった場合、、
自分を守るため、自分が傷つかないために、相手に自分の価値観を押し付けたり、相手の良いところではなく、弱点ばかりに注目したり、答えにくい質問をしたりしていないか、、など、疑ってみる必要があるかもしれません。


おおよそ、人は、目の前に起こっている出来事を自分の視点からのみ見ています。
相手の視点から見たとき、その出来事がどんな風に映っているのかを、もしも、ほんの少しでも想像することができれば、
相手がなぜそんな態度なのか?
なぜ急に不機嫌になったのか?
乗り気じゃないのはどうしてか?
理解が進む可能性があります。

相手の視点というのは、相手の置かれている環境、状況、周りやあなたとの関係などをリアルに浮かび上がらせ(擦り合わせし)、その立場なら、出来事をどう感じるか?どう見えるか?
ということであり、
これは、よく言われている、
相手の立場になって考えましょう。
を、もっと深く、もっと広い範囲、もっと高いレベルでの擦り合わせとお考えいただけたらと思います。