mahoutukaikunのブログ

カルマの法則、カルマタロットを日々研究中のみかんです。 何気ないある日だったり、感じたことだったりを、気ままに更新できたらと思っています。 日常の呟きの中で、少しでも興味を持っていただけたら嬉しいです。 どうぞよろしくお願いいたします。

最後尾スタート

今回、高校時代の部活の思い出?
「走り込み」について、書いてみたいと思っています。
(以前、ゴールという題名の回で書いた内容の続き?となります。)


練習のひとつ、走り込みの中でグラウンドインターバルといって、制限時間内にグラウンド一周を走り、一周を終えた後は、何十秒かほどの休憩(次のスタートまでの準備時間)を挟み、また、次のグラウンド一周にむけてスタートする。。が繰り返されるメニューがありました。(外周インターバルになると、外周を何度も走る。に変わります。)

決められた制限時間内にゴールまで3回戻ってこれればクリアになり、時間制限より遅いと3回クリアになるまで走り続けることになる。というものなのですが、私達1年生は、スタートラインに最後尾のみ並ぶことが許されていました。

どの程度の制限時間だったかというと、最前列の先輩方がクリアできるのがやっと。と言えば、ご理解いただけるでしょうか、、。(先輩方は、俊足揃いでした。)
私達最後尾の1年生は、先輩がクリアしていくのをひたすら耐えつつ、15周近く走り続けることが常だったため、「インターバル」というメニューを告げる監督の声を聞いただけで、強烈な恐怖感と吐き気に襲われていたことを覚えています。。

しかし、考えようによっては、1年間耐え忍べば、学年が上がると同時に少なくとも列は確実に前列に近づくので、走る周数も少なくなっていくのです。


さて、、
3年生の先輩が引退し、自分が2年生にあがり、新入生が入部してきました。

「グラウンドでインターバル!」の監督の声で、スタートラインに一斉に並びます。
私達2年生は、3年生の後ろに当たり前に並びました。

そうすると、その春からチームに加わった新コーチから、

「おいっ!2年は、前列を1年と代わってやれ!」
「1番弱いのんを、最後尾に並ばずやつがおるか!!」
と、いう指示が飛んできたのです。。


それなら3年生は?ということになるのですが、
新入生に、どれほどのスピードかを体験さすため3年生が最前列。
1年生を挟んで、最後2年生の順に並べという指示で、

結局のところ、、2年生にあがっても、またもや最後尾からのスタートが決定づけられたのです。


ついでですが、3年生に上がったときはどうだったか?というと
最前列から、2年、1年、最後尾に3年やー!
とのコーチの一声で、

なんのことはない、、私達学年は、前列からの景色を見ることなく、3年間、しっかりと最後尾を守り続けたのでした。




当時私が
2年は最後尾に並ばんかっ!!との新コーチの指示を受けて、
最後尾に下がりながらの頭の中は、 

おかしい!や、理不尽!

などはなく、

15周を走りきる。
その事実のみしかありませんでした。

なぜなら、、初めてこのインターバルを予備知識なく、新入生早々15周以上走った時のことを思えば、なんら大したことではなかったからです。


このインターバルは、練習メニューの中でも過酷さを極めていたため、あまりのキツさと周りの目からのカッコ悪さに耐えられず、ついていけずに退部する新入生が続出でした。

そんな中、なぜ、初心者マークの私が生き残れたのか?なのですが、ずば抜けた体力があったとかではなく、、ただ単に、自分の状態さえ(おそらく走りながら気絶状態?)もはや分からないレベルに達していたから。だと、思っています。
つまり、限界を超えていて、自分自身のことを判断できる状態になかったからです。



しかし、ここでちょっと別の角度からこのスタートラインの順番について考えてみたいのですが、

はじめは、名前を聞いただけでこれから起こることへの恐怖でいっぱいになりながら走り続けたこのインターバル。
入部して、半年も走り続けたら周りを観察できるくらいにはなってきます。

そして、一年後には「インターバル」と、聞いても、もはや何も感じません。

どんなに嫌だろうが、恐怖を感じようが、しんどいものはしんどいし、なにかが変わるわけでもないので、
目の前のことをやるだけ。

ただ、その事実だけが残った感じと言えばお分かりいただけるでしょうか。

そして、この域に達したことで、2年生になり、またしても最後尾スタートと言われたところで、
大したことではない。。
と、思えるようになったのだと思っています。
(ちなみに、私達2年が新コーチの指示で最後尾に下がったと同時に、前列に上がれた新入生にとっては、たった1、2列でも大したことだったと思います。)



私の場合はデビュー早々、最後尾からのヘロヘロスタートでした。

しかし、常に3周でクリアにできていたインターバルが、いつかは、15周走る順番が廻ってくる恐怖も大変なものだとも思うのです。




上の周回数を、しんどさ?とするとして、、
学校や、会社や、家庭や、友人関係や、恋愛関係や、、、
通常の世界でもよくある話ではないでしょうか。

(例えば、
新入社員時代、はじめは余裕をもって仕事をさせてくれるか。
それとも、新入社員時代早々に新規の営業ノルマが先輩方よりきついか?(先輩方は管理の仕事もあるため。)
等)



さて
悩ましいのですが、、


いつの時点かで、
どちらにしろ、最後尾スタートを経験しないといけないとしたら、、、?




選択権など、通常はありませんが、
選べるとするならば、、
あなたならどの列からスタートしたいですか?



追伸
選べる選択権があるということは、その分野に関してはあなたは最後尾からのスタートを大したことではない。と、思える人なのかもしれません。

答えは身体に聞いてみる?

つい最近、南極物語 を観る機会がありました。
(高倉健さん主演の、日本映画で、南極観測隊の苦難とそり犬たちの悲劇を描いている物語です。)

物語を簡単に説明すると、
文部省の南極地域観測隊第1次越冬隊が、南極大陸へ赴き、1年以上に渡る南極生活を送り、第2次越冬隊と引継ぎ交代する際に長期にわたる悪天候の為に南極への上陸・越冬断念。その撤退の過程で第一次越冬隊の樺太犬15頭を、無人昭和基地に置き去りにせざるを得なくなってしまい、極寒の地に餌もなく残された15頭の犬の運命は。。。
というようなものになります。

有名な映画なのでご存じな方もいらっしゃると思いますが、今回は物語そのものではなく、
この物語に登場する 樺太犬 という聞き慣れない犬たちについて書きたいと思っています。

この樺太犬、、
まず、私が度肝を抜かれたのが、3人の人間を乗せた荷台?をガンガンに引っ張っている犬達の勇ましい姿でした。
また、昼間それだけ働いているのに、夜にはマイナス45度!の野外に繋がれたまま寝ている姿です。
猛吹雪?に見舞われていて、犬たちは、雪で真っ白に覆われた姿で寝ているのです。
(こんな環境の中で眠ったらそのまま、、、、と思わずにはいられませんでした。しかし、朝、起きて、自分に積もった雪をブルブルふるって落とし、元気いっぱいに朝ご飯を食べている姿がそのあと映っていました。)


信じられない気持ちで、樺太犬というワードをネット検索してみると、
この南極物語は実話に基づいていて、以前北海道には1000頭ほどの樺太犬が生息していたそうですが、この昭和基地に観測隊と同行するために、犬ぞりに適している(厳しい環境に耐えうることが可能である)と判断されて、訓練を受けるために選抜された樺太犬は、たった22頭。
そしてその中でも精鋭中の精鋭が南極物語に登場する樺太犬15頭だということでした。

ちなみに、樺太犬はマイナス40度を越える環境でも十分に雪上で生活することはできるのですが、10度を越えると、体力の消耗が激しく、冷房が必要。
足腰が強く、体力もあり、樺太犬1頭で30キロから40キロの荷物を運べる上に、小回りも効く。
性格は、従順で融和性があり、
忍耐強くて勇敢。忠実。
粗食にも耐えうる。
また、優れた方位感覚や帰家性をもっている。
そうです。



物語の中で、
ホワイトアウト(雪や雲などによって視界が白一色となり、方向・高度・地形の起伏が識別不能となる現象。)
になってしまい、
人間3人は紫外線で目もやられしまい、目的地ボツンヌーテンから昭和基地への帰り道、遭難状態になってしまう。という場面がありました。

3人のうちの一人が
「南極育ちのタロとジロを離して、基地に助けを呼びに行ってもらいましょう。」
と提案し、
もう一人の隊員も「タロとジロは南極育ちです。タロとジロが道に迷うようなら、どのみち私達助かりませんよ。」
と、背中を押して、タロとジロに命を預けることにする。
のような流れです。


タロとジロは鎖を離してもらい、視界一面真っ白(空も陸も海も360度真っ白で、もはや、上も下も曖昧な状態)
な中、走り始めます。

ちなみに2頭がしっかりと昭和基地に戻り、救命部隊を連れて戻ってきて、危機一髪命拾い。という展開でしたが、

なぜ、タロとジロは、ホワイトアウトの危険な状況を突破して、昭和基地に帰りつき、さらに皆が待つ場所まで道案内ができたのでしょうか?

もしも、、
タロとジロが、喋れたとしても、
道に迷った3人に
「どっちに向かえばよいと思う?」
と聞かれたところで、
「うーん?多分こっちのような気もするけど、どうかなー?」
くらいの曖昧な答えしか返せないのではないかと思うのです。

つまり、タロとジロは、頭で答えを理解、認識しているわけではなく、野生、直感(身体が反応する方)に従って動くことが、正しいと知っていたのではないでしょうか。




もしも、あなたが問題にぶつかり、自分の立ち位置さえも曖昧で、やみくもに動くことが危険につながるかもしれず(答えが分からず)動きたくても動けない状態で、立ち往生するしかない状況に陥った時には、、


まずは一歩、自分の身体の進みたい方向へ踏み込んでみることをおすすめします。

小指だけが動くようならば小指の動きたい方へ、右足が動きたいならば右足の動きたい方へ、目が動きたいならば目線をそっちの方向へ、、、、。

一手を動かしたら、次の一手を。その一手が続くようならそのまままた次の一手を。

そして、なぜこんな動きをしているのか?自分自身で分からなくてもそのまま続けてみることをおすすめします。


身体の声に従って動き続けた方向にはあなたが求めていた答え(もしくはヒント)が見つかるかもしれません。


「頭ではなく身体に聞いてみる。」


もしよろしければ、お試しください。





スパイ大作戦(修正版)

もしもあなたがスパイだとして、読み進めていただいたらと思います。

あなたに与えられた任務は、敵地に乗り込み、時限爆弾の解除をし、捕らえられた人質の救出をすることです。

いよいよ任務遂行の日がきました。


敵地に侵入し、カチカチと針が時間を刻む中、時限爆弾の解除が思うように進みません。
このままでは爆発に巻き込まれて人質もあなたの命も危険です。
それに、今にもあなたの姿を見つけて大勢の敵の足音が迫ってくるのが聞こえて来そうです。

一刻も早くここから抜け出さなくては!!  




ここで、突然ですが、
時限爆弾の解除が思うように進まなかったのはなぜか??

想像してみてほしいのです。


例えば、、、
①自分が苦手なパターンの時限爆弾のタイプだったから?
②想像を超える威力の爆弾を前に恐怖で身体が思うように動かなかったから?
③爆発だけならまだしも、時間制限があったから?
④あまりに複雑な仕組みだったから?
⑤無線が壊れて本部との連絡が途切れ、作業の指示や許可が取れなくなったから?
⑥以前に爆弾解除に失敗したことを思い出し、手の震えが止まらなくなったから?
⑦見たこともない仕組みだったため、解除方法の正解、答えを知らなかったから?

など、、。


ぼんやりとでも想像していただいたら、次は、上記の時限爆弾解除時の思考、行動が

→日常のネガティブイベントに直面したときのあなたの思考、行動だとしたら??
と考えてみてほしいのです。




例えば《スパイの任務》→《日常のネガティブイベントの渦中にいるあなた。それをなんとかしたいと思っているあなた。》として、

時限爆弾の解除が思うように進まなかった理由の

⑦見たこともない仕組みだったため、解除方法の正解、答えを知らなかった

を現実物語に書き換えてみたいと思います。


★下記は
スパイが、その時その時に応じて、目の前の問題解決に取り組むあなた自身であり、
人質とは、あなたが守りたいものであり、
時限爆弾とは、あなたの焦りや、不安であり、
敵の足音とは、あなたのこれから起こる未来への恐れ。
として読んでいただいたら分かりやすいかもしれません。
↓↓

『あなたは会社勤めをしています。
会社では、仕事の能力の高さとポジションから、周りからも一目置かれています。(★スパイ)
そんな中、海外から帰国したある人物があなたの会社に入社してきました。
この人物、育った環境からか?纏う空気感も独特で、考えや行動が読めません。
しかし、あなたはこの人物を変わった奴だと思う程度で特に気にも止めてはいませんでした。
ところがこの人物、あなたのプロジェクトについて予算を出してもらえるかどうかの決議がかかっている重要会議で思いもよらぬ質問をぶつけてきたのです。
これを受けたあなたは珍しく明快な答えを返すことができませんでした。(★時限爆弾)
それは、あなたが万全に用意していたはずの内容には含まれない質問だったからです。
そんな思いもよらぬ展開から、、プロジェクトに対する予算についても一旦据え置きとなってしまいました。
さらに、その会議の後で、あなたは、最も信頼している部下2人が、廊下でその海外から帰国した人物について褒めているのを聞きました。
あなたは、そのとき、なんだかわけのわからない気分の悪さに包まれました(★敵の足音)
あなたのことをよくも知りもしない人物に、今まで築きあげた地位を揺らされるわけにはいきません(★人質)
努力を重ねた時間が今の結果なのですから。
なんとしても、次のプレゼンでは、さすが!だと皆を納得させたいところです』




つまり、時限爆弾の解除が進まなかった理由が
⑦の見たこともない仕組みだったため、解除方法の正解、答えを知らなかったから?

を、現実問題で擦り合わせると、、、

正確な答えを用意できてなかった。
曖昧には返答できない。
経験したことがない範疇。
通常の規定の範囲外。
よりによって運が悪かった。
のような感じかもしれません。




今回の会議では、本来『プロジェクトの予算の決議を取ること。』が目的だったのですが、その背景には、できるならば、実力を周りに改めて認めて欲しかったり、尊敬的なものも欲しかったのではないでしょうか。

欲しいものとは、いわば執着しているモノ(人、事など)になるので、逆に言うとこれを失うということは、危機的状況であることはご理解いただけると思います。

それでいうと、守りたいもの(自分自身のプライド、価値)の損失を恐れるあまり、危機回避として、その状態を最悪回避するために、別の問題を自らが作った(無意識で願った)かもしれないと考えることができます。



上記のプレゼンで言うと、万が一、何の問題もなく、
スムーズにプレゼンが進んだにも関わらず、その内容が周りからの評価もいまいちで、プラスして上層部からもプロジェクトの決議がおりなかったら、、、。
という恐れから、自ら「会議における通常考えられる質問からは、着目点がずれている質問だったので今回は仕方がない。」ことにした。
つまり、
自分の実力、能力がない。と突きつけられる出来事が起こることを拒否した。
可能性があります。


これらから総合すると、、
日々のネガティブイベントが起こる原因は、
執着しているもの、失いたくないものに対して、
(例えば、お金。権利。誇り。尊敬。価値。など)
あなたが最も恐れる未来、事態を避けて、
突然、予測不可能な問題が起こったように認識(意識化)するために、わざわざ自らが、時限爆弾を設置しているかもしれないと言えるのではないでしょうか。


あなたが現在問題を抱えている場合、、
自分自身が
何を守りたいのか?
何に執着しているのか?
どんな未来への不安を無意識に抱えているのか?
考えてみることをおすすめいたします。


それを理解することで、現在起こっている問題の根本が見えてくる可能性があります。


もし、それに気づけたならば、頑張っているのに結果がなかなかでにくいことに対しての、努力の方向性も変わってくるかもしれません。




最後となりますが、通常は嫌な存在である時限爆弾なのですが、

なりたい未来を意識化して、そのための時限爆弾を設置し、解除に取り組むことができれば、原理でいうとネガティブイベントと逆回転になるので、自身を理想に向かって近づけることができるかもしれない『プレゼント』に変身します。

チャンピオンベルト

最近、ボクシングに関係する映画を観る機会が多かったので、感動ついでに、
自分がその映画に登場する世界チャンピオンとチャンピオンに挑戦する人物になりきって、どんな相手(敵)と試合するのが、最も恐れがあるか?不安があるか?嫌か?について考えてみることにしました。


まずは、、自分が世界チャンピオンという立場であった場合、、、

試合中、多くの観客が見守るリング上で闘うとして、嫌?な相手は、



『何をしてくるか全く予測がつかない相手』
(チャンピオンなのに冷静に対応できなかったらカッコ悪いから)

『パンチ力がありダウンを奪われそうな相手』
(チャンピオンなのにダウンさせられたらカッコ悪いから)

『勝ってもカッコよく勝たせてくれなさそうな相手』
(チャンピオンなのに必死のパッチはカッコ悪いから)

『ギリギリの判定にまで持ち込まれそうな相手』
(チャンピオンなのにその程度の実力と思われることがカッコ悪いから)

『自分の苦手なことが得意な相手』
(チャンピオンなのに、相手の方が上の部分があることがカッコ悪いから)

こんな感じのことが思い浮かびました。

もし、私が世界チャンピオンの立場なら、
とにかく、、勝てるかどうかというよりも先に、
自分がカッコ悪い姿を周りに晒すのが、
とにかく、とにかく、とにかく嫌!
カッコ悪いのが嫌!
という思いが先にくるような気がします。

闘う中で、
観客(応援席)からの、価値が下がることを恐れているのかもしれません。

もしかすると、優位に試合を進めていても挑戦者のパンチが数発当たっただけで(カッコ悪い自分への)焦りから冷静さを失ったり、余計な考えが頭を巡るかもしれません。



さて、、、逆に、もし自分が、世界ベルトを手にするため、チャンピオンに挑戦する立場だった場合は、、どうでしょうか?

チャンピオンと対戦が叶うまでの、費やした時間や努力や想いが頭を巡るとは思いますが、そこに恐れはないのではないかと思うのです。

なぜ恐れがないのか?

『常にチャンピオン優位で試合が進んでも関係ない』
(プロセスが散々でもチャンピオン相手に逆転勝利したらカッコいいから)

『ダウンを何度奪われても関係ない』
(何度でも立ち上がる姿がカッコいいから)

『全然良いところを見せられない試合でも関係ない』
(チャンピオンベルトを手にするために必死のパッチの姿がカッコいいから)

『判定にまでもつれるような試合でも関係ない』
(チャンピオンを追いつめたことがカッコいいから)

『例えば。。。自分の苦手な接近戦で足を止めて打ち合う展開が予測されたり、その場合、完璧に不利でも関係ない』
(敢えてチャンピオンの得意とする土俵に上って堂々と闘おうとしていることがカッコいいから)



挑戦者側に、世界チャンピオンは自分よりも数段格上。それでもチャンピオンベルトを手にするために、リスクを背負って闘いに挑む自分。という前提があれば、チャンピオンに挑戦するだけでカッコいいし、、どんな試合内容でもカッコいいし、例え負けても闘ったことがカッコいいし、それでもまた諦めずに挑戦するなら、さらにカッコいい!!
という上記のストーリーが成り立たないでしょうか??



ただし、万が一なのですが、、この挑戦者が
『チャンピオンと互角に渡り合える実力をもっている自分』
という前提を持っている場合は、
チャンピオン優位で試合が進むと焦ったり、観客席の応援がチャンピオンのほうが多いだけでイライラするかもしれないし、、
さらに、クールにカッコよく当たり前かのように勝ちたいし、負けたら生涯思い出したくもないくらいカッコ悪い気分にもなってしまうかもしれないのです。。。。



つまり、
同じ挑戦者の立場でも、セルフイメージと相手のイメージ(前提)が異なることにより、
同じイベントでも、全く意味の異なるイベントとして起こるし、そのように記憶される。と言えるのではないでしょうか。



ここまで読んで、お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、自分自身が無意識に持っている前提に気づき、それを変更することで、日常の恋愛や、仕事や、人間関係を楽にできたり、カッコよく生きられる可能性があります。

もしも、現在、○○したいけど身動きが取れない。
○○することに、二の足を踏んでいる。などの状況に陥っている場合、

もしも、○○することでカッコ悪くなる可能性があるため身動き取れない。の、
なぜ、カッコ悪くなると思うのか?という自分自身を縛っている前提が何かを考えてみるのもよいかもしれません。

一般常識を超える!

私の住んでいる近くに大きな病院が建設されることが決まってから、その病院を巡ってあらゆる環境の変化が起こっています。

駅のロータリーが、格段に広くなったり、駅前の駐車場を潰してマンションの建設が始まったり、道路幅もも大きく広がったり、、、。

個人的に度肝を抜かれたのが、あるドラッグストアAさんなのですが、
その病院のおおよそ半径2キロメートル範囲内に、なんと5つも!新店舗をオープンさせたのです。

一瞬なんのために??と思ったりしましたが、
ある情報通から、
「病院に入院するとなると、ドラッグストアが必須。近くにあれば、必ず寄るし、買うものを忘れたら、何度も寄るでしょ?
おむつ、下着、歯磨きセット等、、それから、処方箋持ってくることもあるかも、、」
と教えてもらいました。

確かに、我が家も今は亡き父の入院時は毎回ドラッグストアを駆け廻ったものでした。

その話からすると、病院の周りには比較的大きな道路がおおよそ3本通っているのですが、どの方向から病院に向かったとしても、どこかには寄れるようにと店舗を構えたのかもしれません。


上記、病院とドラッグストアの関係性が業界では常識だとすると、いくつかのドラッグストアさんも、病院の建設予定地に近い場所に店舗を構える価値があるか?などを天秤にかけて検討しはじめていた可能性もあります。

しかし、この上記のドラッグストアAさんが、病院の建設が決まった瞬間、あっという間に5店舗も半径2キロメール範囲内に店舗を構えた後では、為す術もなかったのかもしれません。


このドラッグストアAさんの責任者は、いつから?何年前から?この計画を想定し、企画し、水面下で進めていたのでしょうか?

現在、ドラッグストアAさんは、5店舗とも営業中ですが、今はまだ病院が建設途中なこともあり、お客様はまばら状態です。

未来に期待して。とはいえ今は我慢の時なのかもしれません。


病院完成後の街の変化が、非常に楽しみな私であります。

カシミヤ100%

セレクトショップの店内をぷらぷらしていると、
同じデザイン、同じ色味のコートが、こちら側とあちら側に置いてあるのを見つけて
『あれ?』と立ち止まったら
私の友人でもある店長さんが、
『あちらは通常仕立て。
こちら側のはカシミア。ふふふ。』
と教えてくれました。
『おー!カシミア!ふふふ。』となり、
許可を得てそのカシミアコートを触ってみましたが、軽さ具合や、手触りがそれはもう格段に違いました。

『本物は体感。』
など、勝手にカシミアコートのCMナレーションを妄想し、店長さんと二人で盛り上がってしまいましたが、
冗談はさておき、
現実でも、この『本物は体感。』を実感することってないでしょうか?

例えば、
同じスポーツをしている天才?二人がいるとします。
一人は天才で、一人はすごい天才だったとき、
二人とも素晴らしいのですが、すごい天才というのは、
近くで一緒にプレーした人だけが感じるちょっとした安心感の違いであったり、テレビなどのツールを通してではなく、実際目の前でプレーしているところを見た人だけが感じる、感動の違いであったり、あるいは、その道のプロであれば気づく、ミクロの動きの違いであったり、、、
まさに理屈を超えた体感。感動。
それこそが本物ではないかと思うのです。

『すごい天才』は、『天才』と、たった半紙1枚ぶんの差のように思うのですが、
このたった半紙1枚ぶんの違いを、

『凡人』は、軽く考え、
『天才』は、重く、深く、とてつもない距離として考えて、努力し続けるからこそ、すごい天才に近づけるのだという気がします。


並んでいたら全く同じに見える品物。

カシミア版のお値段はちょうど倍!
それに対して、触った感触(体感、感動)は
『気持ち良さ100倍!』でした。


私自身、ぜひカシミア100%を目指し精進したいと思います。

自分自身の価値

自分が何について価値を感じるか?にも繋がるのですが、これは、例えばあなたが何かの購入を決めるとき、なぜそれを購入しようと思ったか?
もしくは、現在迷っているならその理由はなにか?(その商品のどこかに気になる部分があるのか?それとも、足りない部分があるのか?それとも過剰な部分があるのか?それとも、他の商品と比べて迷っているのか?また、他の商品と比べての場合はその比較する商品との違いは何か?)
結局のところ、買った決めては何だったか?
などについて、
その商品の特徴や自分の感情にフォーカスして、よくよく繊細に観察してみたことはあるでしょうか?

実は、この購入に至るまでの発生している感情はあなたに対して、誰かが抱いている感情(印象)である可能性が高いのです。


逆にこれが欲しい!というものが今は特になく、
あれは苦手。これが苦手。などが簡単に思い浮かぶ方は、それがなぜ苦手なのか?
どうだったら、苦手じゃないのか?
似たようなものなのに、こちらは良くて、あちらはダメ。の場合はなぜあちらがダメなのか?
を、掘り下げてみると面白いかもしれません。

もしかしたら、こうだったらいいのに。こうだったら好きかもしれないのに。と思った理由は、
誰かがあなたに対して感じていることかもしれないとしたら?
仕事の上司や後輩があなたに望んでいるとしたら?
好きな人がこうであればあなたを手放したくないと思っているかもしれないとしたら?

そう考えてみることをおすすめします。



また、自分自身を掘り下げることができたなら、


①あなたの価値や魅力を産み出しているものは何か?(お金、筆記用具、PC、スマホ、本、映画、習い事など)

②あなたの価値や魅力とは?(経験、信用、能力、才能、情報、知識、身体など)

③あなたの価値や魅力を向上させたり、継続させていくために必要なものは何か?(過去からの努力、プロセス、ブランド力、癒し、カッコよさ、余裕、強さ、ゆったりなど)

④価値や魅力を使ってどう戦うか?(仕事、恋愛、人間関係などの対話、アピールの仕方など)

について、考えてみることで現在の自分がどこを強化するべきか?が見えてくるかもしれません。


あなたに、もし、現在、うまくいってない問題が起こっているのならば、上記の①から④を、じっくり見直してみるとよいかもしれない。とも言えます。


上記の①から④を分かりやすく、ある会社組織で表すと下記のようになります。

例 企業A

①企画、開発(価値を産み出すもの)
②製造(この企業Aの生命線)
③宣伝、総務(企業を存続させるためのもの)
④営業(アピール)

そして、もし、この会社が最近、
売り上げが芳しくない。
という実情を抱えているとすると、、
①から④のどこかで、もしくは、すべての箇所で何かしらの問題があるかもしれないので、それぞれをよくよく見直してみる。
と考えたらよいということになります。



最後となりますが、
あなたの個人的な仕組みと
あなたの所属(関連)している仕組みとを、
擦り合わせできるならば、さらにさらに自分を深く掘り下げることが可能です。