mahoutukaikunのブログ

カルマの法則、カルマタロットを日々研究中のみかんです。 何気ないある日だったり、感じたことだったりを、気ままに更新できたらと思っています。 日常の呟きの中で、少しでも興味を持っていただけたら嬉しいです。 どうぞよろしくお願いいたします。

隙間風

もしも、ここにブロックが2つあるとする。

ブロックの形が2つとも四角だと、大きさが多少違ったとしても、並べた際に、2つのブロックはピッタリと密着する。

では、片方のブロックが一部分だけ欠けているとする。
これは、2つのブロックを並べた際に、問題はないだろうけれど、欠けている部分から、いつも隙間風が通り抜けていることになる。

でも、、もしも、もう片方が一部分だけ、出っ張ったブロックだったら??

欠けているブロックと、出っ張ったブロックの組み合わせだと、隙間風は吹かない。



ブロックの形で話を進めてみたけれど、、人間にもこの目に見えない形?があり、恋愛関係などは、この隙間風が吹かないように、、正反対の形をした(正反対だからこそ)相手に惹かれる(と思っている。)

この『正反対』だから惹かれるというフレーズ?は、よく見たり聞いたりするので、違和感はあまりないかもしれない。

しかし、簡単には理解できないからこそ惹かれるということは、、、良かれと思ってしたことが全く逆の意味で伝わってしまったり、無理をして頑張っているのに、相手にとっては簡単にできる事だったりするので、、満足しあえない。というようなことが起こったりする。

例えば、、女性Aが、おおよそ、、理性的、抑圧的、意識的な人。男性Bが、おおよそ、、本能的、感情的、物質的な人。だったとする。
(ややこしいので、女性Aのことを、Aさん。男性Bのことを、B君と、表記させていただく。)

想像どおり
Aさんからの愛情表現の多くは理性的であり、抑圧的で、意識的(精神的)なものを重要視し、B君からの愛情表現の多くは本能的であり、感情的で、物質的(肉体的)なものを重要視する。。

逆を返せば、Aさんは愛情を本能のままに、感情的に、物質的なもので表現することは苦手だということになるし、B君は愛情を理性的に考え、理論的に、意識、精神的なもので表現することが苦手だということになる。


さらにさらに、踏み込むと、自分が苦手だということは、Aさんは、B君からの愛情表現を正確には?受け取れないし、B君はAさんからの愛情表現を正確には?受け取れないということも起こる。(真意を汲みとれない可能性がある)

二人の関係がうまくいっている場合は、、お互いの愛情表現を素直に喜べているということで、真意は分からないまでも、誤解は少ないかもしれない。


しかし、お互いが?もしくは、片方が?疑いや、不安を抱いたら、、、愛情を確認したくなり、相手に、それぞれの自分が求めるものを期待する。
このとき、相手は、自分の愛情表現で精一杯応えようとする。
けれど、、正反対の二人であるが故に伝わらない、、。

詰まるところ、Aさんは、B君の本能だけで行動している(ように感じる)ことが理解できないので、理性(頭)で納得できる説明を聞きたいし、その上で精神的な満足を求めていて、B君はAさんの理論的な説明などはある意味どうでもよく、心に突き刺さってくる気持ち(感情)を聞きたいのであり、目に見える形での(物質的、肉体的)満足を求めている。


Aさんは
B君に
自分が納得できる
100万個の理由を
100万回求めていて

B君には
理由は必要ない。
Aさんの心の声を
1度だけ聞きたい



Aさんが、行動するとき、それをするだけの理由があり、B君の行動には、理由などない。そうしたいからする。

Aさんは感情を理性で制して、B君は理性より感情を優先する。

そのため、、
Aさんは、B君の、突発的、本能的で何も考えていない(ように感じる)言葉や、行動に、無責任で軽い扱いを受けている気分になる。
B君は、Aさんの、理性的な言葉や行動からは、自分に対して何の感情も感じとれない(ように感じる)ため、バカにされているような気分になる。

本当は精一杯、お互いを思っているのに、、こんなことが起こっている(かもしれない)。。。



あなたの隙間風を埋められる相手は?
あなたの好きになる人はどんな人なのか?
あなたに何を求めているか?


それを知るためには、
まず自分自身を知ることが必要になる。。。

老舗デパート11

自分の姿(自分のこと)?が誰かから見てどう思われているか?
が気になる人と気にならない人がいると思う。

つまり、自分の物語(人生)が、誰かから、どう映っているのかが気になるか?ならないか?ということでもある。
(観客)

自分の物語が(主人公の)自分自身にとって、カッコいいかどうかは気にならないだろうか?
普通は最も気になるところかと思っている。。
(主人公の自分)

その次に、自分の物語に登場してくれるメインキャストについては、その物語にどんな気持ちで登場しているか気にしたことはあるだろうか?
(助演の誰か)(例えば、家族、恋人、、など)


この上記の三点を、簡単に言えばそれぞれの立場での文脈と言う。

そして、上記は、自身が主人公の物語だったけれど、、
通常は、誰かと会って何かしらの重要な?濃い?お付きあいが始まった場合は、その誰かの物語に自身が、メインキャストで登場するということになるので、

自分の物語と、誰かの物語が同時進行で始まると考えたら良いと思う。(一方的に始まっている場合は今回省略させていただく)

この、自分の物語の主人公の自分にとっては、現在このような状態?状況?ですが、、誰かの物語の主人公の誰かにとっては現在このような状態、状況ですよ。

と、リーディングできるのが、カルマタロットとも言える。

もっと詳しく書くと、、展開中のあなたの物語を見ている観客や、あなた自身の気持ち、そして登場しているメインキャストの気持ちや、逆に、同時に展開している誰かの物語を見ている観客や、誰か自身の気持ち、登場しているあなたの気持ちということになるので、、


例えば、
あなたが主人公の物語で、皆の憧れの男性が登場し、あなたのことを好きになり、あなたに尽くしてくれる。
観客も憧れるシンデレラ?のようなウキウキ?ストーリーを展開中に、

その男性の物語では、
なぜだかわからないけど、気になってしまい、皆にとっての憧れの存在の自分が、その女性に振り回され、観客からも、冷やかされ、なんだか、カッコ悪い、、、。というようなストーリーが展開している。

というようなことも考えられる。


これは、ありとあらゆる場面で起こりうる。

そして、通常は、皆、自分が主人公の物語での展開にしか興味がない。

老舗デパート 10

大工さんという職業があり、
その中で、棟梁(親方)と呼ばれる人がいる。

棟梁というのは、平面の図(設計図)から、土台も含め、家を立体的に起こせる人(実際に建てる)のことらしい。

もしかしたら、
図面の記号や構造の説明を一通り聞いたら、、(数㌢の誤差もなく)頭の中で家を浮かび上がらすことができる人もいるかもしれない。

しかし、立体図まで浮かび上がらすことができても、
木の種類や性質や、耐久性や、触り心地や、美点や、弱点や、水はけの良さ、また、どの部分から組み立てていくべきか?などの知識や、道具を扱う技術なども持ってないと、実際には家を建てられない。


ここで視点を変えて、、、もうすでに、そこに家があるとする。

それを、部分的に改造したい、もしくは増築したい等の場合は、いまの状態を最大限生かしながら、、ということになるので、、自由に、好きなように、、とは、なかなか難しいかもしれない。
(白紙の状態からではないということ。)

また、、、
その現在の家(上物)を見て、棟上げ前の状態や、さらには、家の土台に当たる部分の深さや、間隔などをある程度まで予測?することはできるだろうか?

これを予測できるのは、、ある程度の経験も必要な気もする。。


何の話かというと、、カルマタロットとは、、家を、自分自身(人生)と考えて、、(望むならば)改造?や、増築を、リスクを最大限抑えながら、進めることができるかもしれません。
というイメージを抱いていただけたらと思って書いてみた。。

カルマタロットは、、どこかのお店や、誰かの元に通わなくても、自分自身でセルフリーディングできる。という嬉しい側面も持つ。
つまり、、好きな時に、改造や?増築について、リーディングができるし、、自分が今まで知らなかった自分自身とも深く相談?対話することにより、大きな気づきも得られる(かもしれない。)



ちなみに、、、

上記で言うと、
材木や、建て方の基本や知識、道具の扱い方の技術を持ち、
作業行程の最高効率化により、

さらに深いリーディングが可能になってくる。


それが、
カルマの法則・自然動というものになる。

こちらについても、、いずれ紹介できたらと思っている。

老舗デパート 9

全体的な流れを書いたので、つぎは、具体的なカードの例で説明してみたい。
(タロットCUBE、本カード、対応カード、21のカード、、など、聞きなれない言葉が出てくるけれど、これは、現在の自分の状態を分析する構造?システム?だったり、思考の方向を疑うための補助的なカードと考えていただきたい)

また、カードの後ろに簡単な説明を( )書きで追記してはいるけれど、これは、今回のリーディング時にはこう考えてみるとよいかもしれません。ということであり、常時、こう考えるべきです。ということではない。

さて、スタートしたい!

あなたがサッカーチームのコーチで選手Aの指導を担当することになり、(監督の『あの癖はあのままでよい』という指示をまだ聞いてない段階で)、
『選手Aにドリブルを上達さすためにはまず、何に最も力を注ぐべきですか?』
と、カルマタロットでリーディングしてみた結果、

本カードが(どうすればよいか?の結果のカード)
【正義】
だったとする。

その場合、タロットCUBEから、、、
対応カードは(現在のあなたの状態・誤解していること)
【戦車】

21のカードは、
【運命の輪】(もしかしたら現在、こんな状態ではありませんか?)
となる。

(22枚すべてのカードに、このように、対応カードと、21のカードという、深くリーディングしていくための補佐してくれる?カードがある。)

まずは、、正義のカードと、戦車のカードをよく見比べる。
タロットカードを見たことがない方のために、簡単に説明をすると、
正義のカードは、正義の女性が剣と天秤を手に、一人でなにかを評価、判断、しようとしている状態が描かれていて、
一方、
戦車のカードは、戦士が2匹のスフィンクスを従えて、戦車に乗って戦いに挑もうとしている状態が描かれている。


私のリーディングで進めていきたい。

この二つのカードで最も大きく違うのは、静と動。
ということになる。
そして、現在があなたにとって、
戦車の状態ということは、、、
コーチと選手Aという教える立場、教えてもらう立場、選択権から考えても、
戦士がコーチのあなたで、スフィンクスが選手Aになるので、

戦車のカードのように、コーチのあなたは、選手Aを、あなたの操縦で(あなたの意思で)あなたが思う場所へ行き、戦いに挑もうとしていますが、
(ドリブルを上達させるために、なんとかしなければいけない!!)
結果のカードは正義なので、、
動かなくてよい。そのままでよい。
(前提を疑ってみてください。)

と、カードには、でている。ということになる。

さらに、戦車のカードを分析してみると、、、
戦士は(通常)自分のためではなく、守るべきもののために戦いに行くけれど、スフィンクスは、自分の意思の方向へ、自由に思うようには進めない。
操縦は戦士がしているから。ということになるので、、

これは、、コーチのあなたは、チームのために、選手Aをドリブルを上達させたい、、、選手Aと一緒に戦いたい。厳しい戦いになったとしても進まなくては!などと考えているけれど、
選手Aからすると、、行きたくもない戦いに駆り出され、自由がなく、、また、スフィンクスは、2頭で戦いに挑む(戦車の図が、戦士一人に2頭のスフィンクスで構成されている)という前提もあるため、もう1頭と同じレベルと思われているのが不本意。気分が悪い。同じに扱わないでほしい。(誰かと同じ扱いをされたくない。)
と考えているかもしれないことが想像できる。

つまり、、、
このままだと、、戦車のカードの状態が悪化した結果、
最悪の場合、選手Aは(こんな扱いやってられない!)『チームを辞めます。』となる可能性があることまでが、読み取れる。


ここで、本カード、正義に戻る。

描かれている左手の天秤は、常識や規則を秤るためのものでもあるけれど、、同時に右手には剣も持っていることから、、

コーチのあなたは選手Aのことを、自分のルールや前提や、常識で束縛せず、選手Aの意思に任せる。(信じる。)
つまり、戦車の操縦をせず、選手Aを信じて行き先(成り行き)を見守ってみませんか?
ということがカードから提案されている。


また、最後に21のカード
運命の輪
で、現在は本当はこんな状態かもしれませんよ?を再確認すると、、

『あなたは、現在、運命を勉強中かもしれませんよ。』

ということが読める。

運命の輪は、永遠に廻り続けている。これは、過去、現在、未来。が立場を代えて永遠に繰り返されている。とも言えることから、

コーチ?あなたも選手Aの立場だった時がありませんでしたか?あなたも運命を自分で切り拓いたのではありませんでしたか?
今度はあなたが見守る番です。
選手Aを信じてみましょう。

(もしくは、、、コーチが、過去、選手時代はエースで活躍し、選手引退後はチームのコーチに任命され、そう努力せずとも(選手Aのような長い下積み時代を経験せず)トントン拍子で今まできた場合は、、いづれ、コーチとしての立場で選手Aの葛藤を体験することになるかもしれませんよ??現在の自分の前提を疑う必要がありますよ?)

となる。。

ちなみに、私のリーディングは上記のような具合になるけれど、、他の人がリーディングをした場合、違う結果になるかもしれない。
しかし、正解はひとつではない。
それが、カルマタロットなので、
すべての答えを?尊重すればよいと思う。



おまけ
先の例え話の最後に
選手Aは、自分で運命を切り拓いた。

でも、まだまだ不安定なのできっと今まで以上に努力して、自分自身を磨いていくと思っている。

そして、、自分を磨きながらも、、
今度は、選手Aが、諦めず努力する誰かを見守る番だと思っている。
カルマの法則から考えると、選手Aが見守る誰かも、今は、苦しんでいるかもしれない。
でも、見守る誰かも、きっと、、、
苦しんで苦しんで苦しんで、努力して、努力して、また負けても、、それでも諦めないはずだ。

選手Aは、決して逃げなかったし、諦めなかった。
見守る誰かも諦めない。(諦めきれない)
運命の輪がそれを表している。

そして、、、
これを読んでくれているあなたも、諦めない人なのだと思う。


最後は意志の力で踏み込むしかない。

あなたが運命を切り拓けますように、、。

老舗デパート 8

タロットカードの話を続ける。
もしも、、
サッカーを上達して、私の本当の理想の形(姿)になるために、どうすれば(どんな気持ちで臨めば)良いですか?などを、カルマタロットでリーディングした場合は、
現在、理想に近づくために最も優先すべきこと。がカードに表れる。
ということを念頭に置いていただきたい。

もしも、カルマタロットでリーディングした際に、
本カードが、
(そんな単純ではないけれど)
『体を鍛える。』的なものだった場合も、
【当たり前やん!】で終わらせてはもったいない。

先の、サッカーチームの入団の際に、監督は、選手Aの妙な足の動きを?一目見て、才能(の芽?)を見つけた時、コーチへの指示は、
『あの癖はあのままでよい。ボールの扱い方や、基本的なことをしっかり教えてやってくれ。』
だった。

つまり、不規則なドリブルに耐えうるだけの、強靭な筋力や、柔らかい関節や、走り続けられる体力や、転んでも大きな怪我にならないための体幹作りや、細やかな技術力、など
まずは、それを身に付けることが最優先だった。ということになる。

要するに、今、できることを一生懸命にやる。ということが、理想への道を拓く方法なのかもしれない。

通常、映画などでは、起死回生をかけて、何かしらのスポーツや、武道を、主人公が、修行する場面は、かなりのスピードで流れ、
『やがて二年後。。』
などのテロップの後に、成長した主人公が強くなって戦いに挑む。というクライマックスへ向かうことが多い。

ところが、選手Aでいうと、早送りなどできない現実の世界で、5年間の下積み時代を過ごしたことも忘れてはいけない。

これは、ただ旦に、体力作りや、基本的な技術を学ぶためだけではなく、カルマの法則でいうと、将来、能力が開花された時に、(自分の思ったようにプレイできなかったり、努力を重ねても、どうにもならない悔しい気持ちなどを知らない場合、、)周囲への不理解感情から起こりうるネガティブな出来事から自分を守るためにも必要な期間であったと言える。
(弱者の気持ちを知らず、強者で居続けることはできない(と思う))


監督はそれも見越して、選手Aの下積み時代を見守ったことになる。

また、試合終了3分前に、選手Aにボールが渡った時、おそらく、味方チーム関係者全員が
『どうかどうかどうか、、なんとかして、、なんとかして、、』
と、選手Aの活躍を?祈るような気持ちで見守ったのではないかと思っている。

何らかの特殊な?能力の発動には世界(周囲)の許しも必要なのかもしれない。



段階を踏んで、、カルマタロットをリーディングすると、、上記のような流れが読める(ようになれるかもしれない。)

つまり、監督は無口な方かもしれないけれど?カルマタロットが無口かどうかは、、カードを信じる力で変わってくる。。。。

老舗デパート 7

【なぜ、葛藤するのか?(悩むのか?)】

私は葛藤について、葛藤したことがある。

葛藤とは何なのか?何を葛藤しているのか?何のために葛藤しているのか?

特に、問題が起こってない。希望通り。もしくは、問題が起こったとしても、仕方なかったと納得できたりする場合は、葛藤をする必要性がない。
主に、自分にとってネガティブな出来事が起こった時や、大事な場面での選択時に、多い気がする。


例えば、
信じていた彼(彼女)が浮気しているかもしれないと疑いはじめたとする。。
【どう考えても怪しい。あの時もあの時もあの時も、おかしかった。そう言えば、はじめから怪しかった!】
という思考がなぜ始まるのかというと、、
(浮気が事実かどうかは別として)自分にとって、疑がわしい?出来事が重なるからではないだろうか?

そして、自分の中で、浮気しているに違いない!と確信した?次の段階で、
葛藤が始まる。

その葛藤を大雑把に言うと
【許せない!!あんな奴とは終わりにしてやる!】
【このまま、付き合っても将来性はないかも。でも、諦めきれない、、。】
【あんな男(女)と、同じレベルにしないでほしい!】
【でも、、俺(私)と、何が違うんだろう?】
【向こうのほうが俺(私)より好きなのかな?】
【なんか、俺(私)のほうが、向こうよりも好きみたいなのが癪。】
【結婚する相手かもしれないと思ったのに、、、。】
【なんでこんなことになったんだろう、、、。】

のような感じだろうか??


一人で悶々と考える場合も、誰かに相談する場合も、
おそらく
『彼(彼女)が浮気しているかもしれない。』
という前提から入り、『これからどうしよう?』『どう考えたらいいんだろう?』みたいな展開が予想される。


ここで、一旦、この流れを置いておいて、、

もしも、先のblogで書いた、名門サッカーチームの監督が目の前にいれば

まずは、
葛藤するより前の段階の
【パートナーが浮気をしているのではないか?】
という前提に注目するに違いない。

例えば、男女が、
全く同じパターンで出会い、仲良くなり、同じような出来事を体験したとしても、すべての人が、
【パートナーが浮気をしているのでは?】
とは、思わない(だろう)し、その疑惑への強弱?も違うと思う。
(同じ出来事が重なって起こったとしても、全ての人が、パートナーを疑わしい!と思うとは限らないということ)

浮気をしているかもしれない!と思う人には、そのカルマがあったからではないかと考える。
(誰かの理解していない感情(葛藤)を体験するために出来事が起こっている。と考えれば分かりやすいかもしれない。)

けれど、まず、その浮気をしているかもしれない!と考えた?思考に至った?前提?について、(自分自身で)疑うことができれば、、このままいけば起こるであろう葛藤(誰かの理解できていない感情)への理解が深まり、ネガティブな展開を避けられる(小さくできる)可能性もでてくる(かもしれない。)

*思考を疑うとは、浮気してるのかな?と、自分が考えていることについて、『あれ?浮気してると思ったのはなぜだろう?何がきっかけだったかな?そもそも、そう考え始めたということは、、誰かに、俺(私)が浮気していると思われたということかな?誰にそんな感情を発生させてしまったのかな?○○さんかな?○○さんかな?』
と、自分の思考を冷静に観察し、可能であれば擦り合わせまでを行い、、その後、再度、そう思うに至った出来事を振り返り、思考の方向の変化を確認するということ。


つまりは、、(個人的に)葛藤について、葛藤した結果、葛藤が起こっているのは、自分の思考の方向性を前提として、、ということになり、思考の方向性は、出来事からきていて、、ということになり、出来事が起こっているのはカルマ(誰かの理解していない感情を理解する)を体験するため、ということになるので、
その逆から考えると、、
カルマを読めれば、(カルマタロットの中で、発生感情を理解することができれば)未来の出来事が予測できるかもしれない、、と考えている。

予測できたらどうなるか?

葛藤とは、理性と感情。義務と権利。評価、立場(価値)の上下。理想と現実のギャップ。などから起こることから、

自分の本当の理想とする物語に近づくために、問題が起こっているかもしれない。とも考えられ、、

逆に言うと、その問題がなぜ自分にとっては問題なのか?を掘り下げてみると、自分の本当の理想とする形(姿)を、気づかせられるためかもしれないということでもあり、

本当の理想の形(姿)が見えるようになると、思考の方向性も変化し始め(制御できる可能性があり)

出来事も変化していく(と信じたいと思っている。)


もしかして、、
私(俺)は、理想に向かって一直線に進んでいます。という方には今回の話は、関係ないかもしれない。

自分の理想に対して、必死で努力し、挑戦しているのに、どうしても、うまくいかない。問題が起こる。といった場合
『自分の理想』を、疑う必要がある。

自分の理想を疑うとは?自分の思考を疑う。ということにも繋がる。


長くなったけれど、上記のようなことから、カルマが表れるカルマタロットで、本当の理想とする形(姿)になるためには、、、?と、リーディングすることで、
前提を疑えたり、間違った前提に気づけるからこそ、ここぞという勝負どころが解ったり、チャンスを作りだせたりすることができる可能性がある。と紹介させていただいた。


ちなみに、、現在の、思考の方向性(前提)は、過去から蓄積されたものであり、過去から蓄積されたということは、両親の影響が非常に大きいということになる。

そういったことから、カルマを考えるとき(擦り合わせをしてみるとき)まずは、両親の発生感情から考えることが、大前提とも言える。

かなり前に、エメラルドの回で、書いたけれど、両親の現在のページだけを読むことはお勧めしない。
過去にこそ、大事なことが書いてある(はずだ。)

両親の過去のページと、現在の自分のページを擦り合わせしてみると、なぜ、思うように物事が進まないのか?に、気づける可能性がある。。

老舗デパート 6

カルマタロットについて、もう少し掘りさげて、別の角度から入ってみたいと思う。


あなたが名門サッカークラブのコーチだったとする。。
ある日、入団テストがあり、あなたから見ても目を引く数人がいて、順当に合格した。
もちろん、不合格だった選手もいる。
その中で、コーチであるあなたから見ても、なぜ合格したのか理解できない選手Aがいた。
ヘタクソというわけではないけれど、、特別何か秀でている様子もない。
しかも、その選手Aは監督が指名して、入団テストを受けにきたらしい。。

スタートしてみたら、他の選手に比べて、これといって得意なものがない。。
その上、足の使い方が妙なため?足もさほど速くなく、ドリブルが不得意という弱点も持っている。

コーチのあなたは、
『あの足の癖を直して、ドリブルを上達さすにはどうしたら良いか?』
と考える。
しかし、名門クラブだからこそ、通常、厳しく指導することで知られているチームの監督から、
『あれはあのままでよい。でも、ボールの扱い方や、基礎的なことはしっかり教えてやってくれ。』
と、あなたからすると耳を疑うような指示を受けた。

腑に落ちないまま、とりあえずは他の選手と一緒に指導を何年か続けることになる。

名門チームの練習プログラムは完成されていて、継続して積み重ねているうちに、基礎体力的なものはきっちり作り上げられる。


やがて5年が過ぎ、監督が、その年で最も大事な試合に例のドリブルが苦手な選手Aを、スタメンで出場させると決定し、
試合前のその選手Aに
『レギュラーを自分で勝ち取ってみろ。ずっとベンチでくやしくないのか?』
と送りだした。

試合が始まってから、想像通り?選手Aの動きがずっともたついている。
一年で最も大事な試合なのだから、なんとしても勝たなければいけないのに、、、。
コーチのあなたは、いてもたってもいられず、選手の交替を考えるが、監督は、黙って見守っている。(しかし、いつになく緊張感がある。)

試合は1対0で相手チームに先制を許したまま進む。
そして、試合終了の3分前、選手Aにボールが渡る。
相手チームが、ここぞとばかりに、ボールを奪いにくる。選手Aの走るスピートがあまり早くないことを相手チームも知っていたのかもしれない。。
奪われたらダメだしの一点追加で、敗けが決定的になる。

コーチのあなたは、試合終了手前で諦めそうになる。

その時だった!選手Aの動きが変わった。

あなたは、その試合会場で、
入団以来、ドリブルが不得意(だとあなたが思っていた)選手Aが、見たことのない変則ドリブルで、あなたの前を走り抜け、
ゴール前では、相手のディフェンスからタイミングをずらせた見事なスルーパスをし、
パスを受けた味方選手が同点ゴールを決めるまでを
呆気に取られながら、眺めた。


あの妙(だと思っていた)足の動きは、この見たことのないドリブルや、タイミングの掴めないパスの源だったことを、あなたは、気づいた。。。
どんなに足が速くても、あの動きには追い付けないし、、変則なため、誰もタイミングを予測できないため、見事なスルーパスも可能になる。

そして、選手Aにとって、悔しさや惨めさで逃げ出したいけれど、、逃げれる状況ではなく、まさにギリギリの状況に追い込まれたことが、才能(能力)を自分のものにできるきっかけとなったのかもしれない。
(映画や漫画で、追い込まれて最悪な?状況で、スーパーなんとかに変身したりする、あの仕組みに近い)

さて、、、例え話がヘタクソで申し訳ないけれど、、
この話の中で、最もすごいのは、監督ということには気づいていただけただろうか?

コーチのあなたから見て、妙な足の動きをする癖を矯正させるべき!と思っていた、その弱点こそ、その選手Aのエメラルドであることを、監督は何年も前から見抜いていたことになる。

選手Aは、才能はあったかもしれないけれど、もしかしたら、一生、能力が開花されずに終わっていた可能性もある。

監督に出会ったことが、なにより幸運だった(と私は考える。)

通常、簡単には真似できない変則ドリブルや、パスをギリギリの場面で、ついに自分のものにした選手Aにとっての、入団テストの指名時からの監督という存在が、誰にでもいてくれたらいいのに。(と思う。)

しかし、上記のような監督が、日常茶飯事に近くにいて、自分を何年も見守ってくれていることはなかなかない。。

また、コーチにとっても、監督との出会い、この選手Aとの出会いは、今後の自分の前提を変える大きなきっかけに違いないけれど、、これもまた人生観を変えるほどの出会いなど、通常は簡単にはない(実は、こちらについては、意外に日常であると私は思っているけれど、監督の存在がなければ、前提の違いに気づかずに、終わる可能性のほうが高い。)

しかも、前提が変わったところで、今後のチームの新人に同じようなタイプがいたとして、選手Aのような能力の持ち主なのか?それとも、ただの癖?で直すべきなのか?は、分かりようもない。


しかし、しかし、ぜひ会って、直接指導を受けてみたい監督に会わずして、この流れを作ることができる仕組みがある(かもしれない。)

それが、カルマタロットだ。

監督は、ある人にとっては、前提の違いを疑う必要があったり、、また、ある人にとっては勝負どころだったり、、または、チャンスを作ってくれるために 、、登場する。


次回にこの続きを書きたいと思っている。