mahoutukaikunのブログ

カルマの法則、カルマタロットを日々研究中のみかんです。 何気ないある日だったり、感じたことだったりを、気ままに更新できたらと思っています。 日常の呟きの中で、少しでも興味を持っていただけたら嬉しいです。 どうぞよろしくお願いいたします。

恋愛塾 その1

その1
好きな人の気持ちを推測する


これは、、
好きな人が、あなたのことを、どう思っているか?
をあれこれ推測することではなく、、

あなたの好きな人への気持ちを、好きな人はどう受け取っているか?感じているか?認識しているか?を常に想像(推測)すること。

と考えていただけたらと思います。



好きな人ができたり、または、付き合っていたり、または、夫婦関係であっても、相手があなたをどう思っているか。。
気になりませんか?

興味があればあるほど、また、不安になったときほど、相手の気持ちが知りたい。自分のことはどう考えているのか?どのくらい好きなのか?など知りたいと思うのではないでしょうか?


面倒だと思われたくない。自分の方ばかり頑張るのが嫌。もしかしたら嫌がられているかもしれない。
自分が気づいてないだけでやんわり断られたのかもしれない。
もう私のことは好きじゃないのかも。
他に好きな人でもいるのかな?
誰にでも優しいのかも。。

頭の中を色々なことが駆け巡ります。


と言うことは、、
裏を返せば、相手も、あなたの気持ちを(無意識でも)推測している可能性は非常に高いと思います。



注目すべきは、、
あなたの気持ちがどうなのか?ではなく
相手にどう伝わっているかどうか?
(相手はどう感じているか?)
ということです。

例えば、
あなたにはずっと好きな人がいました。
その人とついに付き合うことができ、その夜に彼氏でもある好きな人からメールが来ました。

『メールとか毎日送っても大丈夫?』

それを読んであなたは、
ベットの上で悶絶するくらい?嬉しいと想像してみてください。
(今回の場合は、あなたはメール嫌い。な設定ではなく、メールをもらったことも、その内容も嬉しい設定で進めます。)

好きな相手から質問されているのですから、返事を返さなくてはいけません。

あなたはどんなメールを返すでしょうか?
想像してみてください。




ここでは例として4パターン用意しました。

A『うん。大丈夫だよ。』

B『もちろんだよー。待ってるね!』

C『もちろんです!メールありがとう。私からも送ってもいい?』

D『私はメール苦手なんだけど、送ってくるのはOKです。』


さて、、、ここで、重要なのは、
全く違う印象を受ける上記の返事4パターンですが、
AでもBでもCでもDでも、どれを送ったとしても、あなたからしたら、
好きな人からメールをもらったことも、その書いてあった内容もあなたはベットの上で悶絶するほど嬉しい。ということです。


しかし、、、あなたの返事をもらった相手には
AでもBでもCでもDの返事の、どれをもらったとしても、あなたがベットの上で悶絶するほど、喜んでいることが伝わるでしょうか??


例えば、
Aの返事を書いたあなたの気持ちとしては、
『もちろんです!当たり前です!してきてくださいっ!!』
かもしれません。
しかし、相手からすると、、
『あなたがしたいのなら良いですよ?』
と、翻訳してしまう可能性もあるし、、

Dの返事を書いたあなたの気持ちとしては、
『私は、メールを書くことが不得意です。メールにも慣れていないし、自分からだと何を書いたらいいのかも分かりません。でも、送ってくれるのは、とても嬉しいです。』
かもしれません。
しかし、相手からすると、、
『実はあんまりメールとかは好きではありません。でも、まぁ、あなたがしたいのならば、別に構いませんよ。』
と翻訳してしまう可能性もあるのです。


もしも、あなたが相手の立場なら、A、B、C、D、どの返事をもらったら嬉しいでしょうか?
もちろん、もっと嬉しい返事もあると思います。
あなたがもらって嬉しい言葉。
それをぜひ、相手に返してほしいのです。


あなたのことを大事に思い、あなたからの言動や行動を嬉しいと思ってくれる相手と、あなたのことは相手の重要度として低く(感じ)、あなたの言動や行動に無関心(に思える)相手なら?
あなたはどちらと長く時間を過ごしたいと思いますか?


好きになってもらっては困る。という例外は置いておいて、、、
誰しも自分の評価を高く見積もってくれる相手に
自ら自分の評価を下げるようなことはしたくないのです。
(例えば、自分からのメールを嬉しいと言ってくれ、楽しみにしている相手に、相手の気持ちが下がるような適当で乱暴なメールはなかなかできない。ということ。)




あなたは、あなたが持っている鏡に映る、誰かの姿よりも、誰かが持っている鏡に映る、自分自身の姿が気になりませんか?

好きな人(Aさんとします)は、好きな人の鏡に映るあなたの姿よりも、あなたが持っている鏡に映るAさん自身の姿のほうに興味があるかもしれません。


つまり、、(相手が男性であれば)自分がとてもカッコ良く見え、、最大限に魅力的に映る鏡を手放すことは難しい。ということです。



恋愛塾として書いているこの法則ですが、、
仕事や、友人関係にも応用が可能です。

引導

私の実家の宗派では、故人に向けて、引導を渡す。

始めて、引導の言葉である『喝!』をお葬式で聞いたときは、子供であるのも手伝って、大変驚き、その拍子に座ったまま後ろに倒れた。




この世は森羅万象。
どんなものも逃れることはできません。
人間も例外ではないのです。

お別れの時が来ました。

ここはもうあなたの帰ってくる家ではありません。
あなたは、あの川を渡って行く人です。
もう戻ってきてはいけません。

未練を断ち切り、さあ行きなさい。
『喝!』

という意味である。
と聞いたことがある。



私の父は、亡くなる日の朝も普通に喋り、散歩に歩き回っていて、誰も父の死を予想だにしていなかった。

それだけに、家族にとって、父の死を受け入れるのは容易ではなかった。

私自身も、通夜や告別式を行いながらも、どこかで父との別れを決心できずにいたように思う。

そして、お経の最後の最後である、父へ向けての『喝!』を聞いて、私自身が引導を渡されたようでもあった。


お別れの時が来ました。
あなたのお父さんは川を渡って行く人です。
さあ、未練を断ち切り行かせてあげなさい。
『喝!』


父の死を体験するまで、、、
私の中の別れとは、
去る人と、残された人と、与える人(手を差しのべてくれる人)だった。

それが、今では、、
旅立つ人と、留めたい人(留めようとする人)と、遠くから見守る人。となった。


過去の私にとっての別れとは、、カルマタロットで言えば、死神のカードになるだろうか、、、。

現在の私にとっての別れとは、、カルマタロットで言えば、愚者かもしれない、、、。

では、、未来の私にとっての別れは、、カルマタロットで言えば、、何になるだろう?

おそらく、、
世界ではないかと思っている。


まだ、その境地には至っていないけれど、、いつか、、そうなれたらよいと思う。

そのためには、、過去の私が、別れの事実を受け入れられず、呆然として立ち上がることさえできずにいたら、現在の私が、過去の私を背にして死神(別れ)と向き合わなければいけないと思っている。

過去の私は、そうやって、両腕を持って引っ張りあげてもらった。

今度は、現在の私が、引っ張りあげる番だ。

ぐらぐらして、一緒に倒れそうになるけれど、、
踏ん張らなくてはいけない。


そして、自分自身も前を向き、旅立つ人でありたい。

小鳥が遠くからいつも見守っている。。。。

ゴール

今回も、前回同様に高校時代の運動部について、もう少し書いてみたい。

私の所属していた部の特色は、
『走って点数を稼ぐ』(脚力勝負)だった。

全国大会に行き、トーナメントを勝ち進めば進むほど、
全般的に、強いチームは際立って体格が良い。

まともに攻めては力でねじ伏せられてしまうので、技術と速さと持久力で勝負する。

では、守り(ディフェンス)では力負けしないのか?
というと、もちろん通常ならばあっさりと振り切られてしまうので、それを防ぐために、徹底的に脚を使ってチームで鉄壁のラインを引く。

この『脚』を作り上げていく上で、走り込みは欠かせない。

弊部は、、、もれなく一年中(ものすごい距離と量の)走り込みを行っていた。

単純に外周10周をしてから、練習スタートという日もあれば、コートの中で、スピードの強化をしながら、持久力アップも狙う。というような、単純な走りだけではないメニューも、多様に行った記憶がある。

毎日、毎日、周りの環境や、チームや、自分の状況、状態など、一切関係なく、練習が繰り返される。


そして、
練習時は、何時なんどき、どんな状況下であっても、、

『一切の言い訳無用。』
であった。

『君の都合(意見)など聞いてない。』
の世界なのだ、、、。


その厳しい前提を具体的に例にすると、、

練習の中には、グラウンド一周を、決められた時間制限内に走って戻ってくること。というメニューがあった。

時間内に戻ってきたら、それを1回とカウントしてよく、3回カウントできたら、クリアとなる。

さて、我が部は部員数が多かった、、。
グラウンドを一周するためのスタートラインの段階から、縦に何列にもなってしまう。(もちろん、後ろの列に並ぶほど不利になる)

そして、私たち一年生は、何列目に並ぶことができるかというと、最後尾のみ許されていた。。。。

監督の『スリー、ツー、ワン、、ゴー!!』
という号令で、スタートダッシュし、、ゴールを目指して全力で走る。
コーナーを曲がったあたりで
ゴール前で監督が仁王立ちして秒数をカウントしているのが聞こえる。
『お前らー眠ってんのとちゃうか?!ちんたら走るな!
51、52、53、54、55、、60、、ここからうしろ、全員やりなおし!65、66、、』

走った後に分かったのだけれど、、
先輩方でもあまり余裕のない制限時間だったらしい。
(先輩方は、それはそれは走るのが早かった。それをもってしても余裕がない、、、と考えていただけたら分かりやすいかもしれない。)

私は、ゴール後に、すぐ次のスタートへ向けて最後尾に並び、全力で走る。を、繰り返し、5周目を終えたあたりで、
(これは、まずい。。。。)
と、ようやく気づいた。


何がまずいのかというと、この全力疾走は、最前列から順番に先輩方が3回ずつクリアして、列からアウトしていくと考えて、、さらに、そこから自分がクリアするためには、下手すると、10周どころではすまないことに気づいたからなのだ。
ただでさえ、自分は体力がないのだから、回数が増えれば増えるほど、ハードルが上がっていく。


ここでおさらいすると、現在の自分がおかれている立場が、
「ちょっとやそっとでクリアできない」ということを、
私はスタートラインでは全くわかっていなかった。

監督からの指示である
『制限時間』と『グラウンド一周』。という2つを併せた時の意味合い(整合性)について、全く無知だったため。という理由もあるし、
それに併せて、常に最後尾からのスタートが、最前列からのスタートだったなら、制限時間内に戻ってこれていた秒数だったとしても、現実は何度も何度も何度もやり直しとなることを、想定してなかったから、、と言える。
(事実、5周ともこれに充当した)


私は5周目を走った後、ヘロヘロな状態でこれに気づいた。

つまり、同じメニューをこなしながらも、、最前列の先輩方は、スピード勝負かもしれないけれど、最後尾の私達は持久力勝負なのだ。
先輩は最速で走り、いかに短い回数でクリアするかが、勝負の分かれ目になり、(最も弱い)私達、最後尾は、クリアしていく先輩方を横目に、(最前列から走る)チャンスが来るまでどれ程耐えに耐え、忍びに忍ぶことができるか?がポイントとなる。

「理不尽」
この言葉を、ゴクリと飲み込み、ひたすらゴールを目指して走るしかない。

『君の都合(意見)など聞いてない。』
のだから、、、。


耐えに耐え、忍びに忍ぶのは、体力的なものだけではない。

上記の持久力勝負に気づいたあとの6周目からは、
誰からも見えるグラウンドで、先輩方が颯爽と走り抜け、さっさとクリアしていく中、自分はおおよそビリッケツのあたりで何度も走り続け、ようやく最前列のチャンスが巡って来たときには、、スピードも上がらずヨレヨレ状態でなんとかゴールをする。
その姿を周りに披露し続ける精神的な苦痛も大きい。


しかし、そんなことは言ってられない。
目指すゴールはグラウンド一周を走り、時間内に戻ってくる。
それを3回クリアすることであり、、
自分は最も弱い立場にいて、常に最後尾からのスタートしかできない上に、体力にも自信がないのだから、

カッコ悪かろうが、なんだろうが、それしか道はない。



私は、通常の世界でも理不尽は溢れているし、
(君の都合(意見)など聞いてない。)場合も少なくないと思っている。

だからこそ、
『ゴールを諦めたくないなら、カッコ悪くてもやるしかない。』

これができるかどうかで、未来は大きく変わると考えている。




それに、、、、
まずは1年間、耐えに耐え、悔しさに涙しながら、ゴールを目指して諦めなかった場合、
カッコ悪さの代償として、、もしかしたら、、
貴重な 武器 が手に入るかもしれないとしたら??

やってみる価値はあると思う。

魔方陣

私の通っていた高校は県下でも有名なスポーツ高だった。
入学して早速、友達と二人で部活見学をしていたら、
練習が厳しく、上下(先輩、後輩)関係も最高にキツい。と有名な部が連なる中でも、ぶっちぎりで一番過酷。と評判の、、ある部のマネージャーに誘われ、お試し体験を経て、なんとなくそのまま入部することになった。

後から知ったのだけれど、学校のチーム自体が国体指定選手団?だった、、、。
(ちなみに私は初心者です、、)



正式な入部初日、私達新入生は、ほぼずーっと先輩方の練習を見学をしながらの、基礎練習のみで、、このまま終わるかと思っていたら、ボールも片づけた最後の最後に(団体球技だった)

監督から低い声で
『円陣!!』
と指示が出た。

なぜか、先輩方に緊張が走り、新入生の方を見ながら、一瞬の躊躇がある。
それを横目に、監督が再度強い声で指示を出す。
『全員で円陣や!全員で組め。』


私は、先輩の一人に呼ばれて、円陣の輪の中に入れてもらった。


この『円陣』とは、、
簡単に言うと、全員で輪になり、手を繋ぎながら、『いちにっさん!』と、掛け声をだしながら、1と、2では、片方ずつ足をあげて、3で、思いきり両足でしゃがみ、立ち上がる。を繰り返す。というスクワットを連続で50回続ける。という練習方法だ。
(ちなみに、誰か一人でも、ついてこれないと、回数はクリアになり、はじめから50回やり直さなければいけない。という、ルールがあった。)

スポーツをやっていた人なら、なんとなくでも、上記の説明だけで、過酷さを想像できるかもしれない。。。


私の円陣デビューが、どれほど酷いものだったかは、ご想像にお任せするとして、、、私はこの50回を、初日からやり遂げた。

なぜそんなことが可能だったのか?

答えは簡単で、
両脇の先輩が、私の腕を両方から無理矢理引っ張りあげてくれたから。
これに尽きる。

この無理矢理引っ張りあげられながらの円陣はこの後、数ヵ月続くことになる。。。。

そして、この涙の数ヵ月を過ごした後には、筋肉が付き、持久力が付き、バネもできてきて、いつのまにやら、自分の力で50回を、やり遂げられるようになっていたように思う。

しかし、この円陣、、、こんなもので終わらない。

ようやく普通に円陣をこなせるようになったあたりで、
新入生が入部してくる。
当然自分は2年生にあがる。
今度は自分が新入生を引っ張りあげる番だ。

グラグラして今にも倒れそうな新入生を、スクワットをしながら、無理矢理に引っ張りあげる。
自分が散々やってもらっておいてなんだけれど、、
想像の数倍キツかったことを覚えている。
自分もバランスを崩して一緒に倒れそうになるのを必死で堪える。

ちなみに、、もしも慣れない1年生が、立ち上がれなかったり?何かの拍子で円陣を崩してしまった場合は、、1年生には責任はなく、怒られるのは、その手を繋いでいる2年生になる。
そして、円陣が2回崩れた場合は、1年生は免除され、2年生と3年生だけで、円陣を組みなおし、50回連続で成功するまで続ける。


さらに3年生にあがる。
監督の円陣を組め。という合図に、2年生に緊張が走り、1年生はポカンとしながら、呼ばれた場所へいき、手を繋ぐ。
そして、『いちにっさん』と、掛け声をかけながら50回がスタートする。

訳もわからず、荒い息遣いでグラグラする体を無理矢理に引っ張りあげられる1年生。
ものすごい形相で、1年生を引っ張りあげる2年生。


その光景を見ながら、3年生は、こっそりとお互いに、ニンマリし合う。
なんというか、、過去の自分の姿でもある姿に、おかしみ?が込み上げてくるのだ。

ちなみに、3年生は、自分のことだけやっていたらいいのか?というと、それは大間違いで、円陣の全体の責任を持たないといけない。
円陣が何回か失敗したら、それは3年生の失敗として、追加で外周などを指示される。

3年生は円陣全体に責任を持ち、
2年生は自分と1年生に責任を持つ。
1年生は自分がバランスを崩し、倒れたら自分ではなく2年生が注意されることを知り、何がなんでも自分に責任を持つ。

つまり、、、初めて輪に入れてもらったその瞬間から、自己責任の円陣の一員となる。

残念ながら、、その後、高校を卒業して、この円陣も卒業となった。


しかし、私は、何年も前に別の円陣に入れてもらい、
自己責任の魔方陣の一員となることができた。

私の高校生の時の円陣デビューは酷かった。
その何年も後の魔方陣デビューも、これまた酷かった。


ただ、失敗が人より多いと、、2年生になったときに、その経験が生きてくるかもしれないことに気がついた。


失敗万歳!!

それこそが、エメラルドの原石になる(かもしれないのだから)

運命の輪

何年も前に
アメリカ行きのジャンボジェット機がテロリストにハイジャックされてしまい、その目的がワシントン上空で化学兵器(猛毒ガス?)をバラ蒔く可能性があるとして、、テロリストを阻止すべく特殊部隊が空中から機に浸入する作戦を決行する。
というようなアクション映画を始めて観た。

以来、何度か繰り返し見て、現在はDVDも持っている。(最近わざわざ購入までした。)


私の主観だけでこの映画のストーリーを解説すると、、、情報力に長けていて、冷静で、記憶力も抜群。(知識と多数の場面での指揮を執った経験も兼ね備えている)
でも、いざ、自分が動く側(実戦・体験)と廻ると、極度の緊張と、恐怖からか?頭の回転がとたんに鈍くなる、、という憎めない役柄である情報顧問が、、事もあろうか、、空中でジャンボジェット機と輸送機をドッキングさせて、そこから機に侵入し、さらにテロリストの隠し持った時限爆弾付の危険な化学兵器をタイムオーバーになる前に、探しだして、爆弾を無効処理する。という任務を背負った隊員達と共に現場に向かう羽目になり、そこで大活躍か?!という、ある意味で、変身ものシリーズに近い仕立てとなっている。


実はこの物語には、過去に、この情報顧問の情報発信から特殊部隊が、、敵のアジトから危険物を回収するという任務を遂行し、その際、予測が外れ、、危険物はその場所にはなかった上に(違う場所に移した後だった)敵との撃ち合いの末、特殊部隊は隊員を一人失ってしまった。という伏線がはじめに張ってある。

情報顧問は、様々な国の事情、重要?テロリストの顔や、声、性格など、全方向に精通していて、周りからも一目置かれている存在でありながら、常にはやんわりとした物腰で、温厚そうに見える。しかし、誇り高く、人一倍負けず嫌いな一面も隠し持っている。

そんな情報顧問にとって上記の作戦の失敗に関しては、、
(情報顧問自身は、情報は間違っていたわけではなく、、タイミングの問題で、自分には非はないと思っている)
なんだかばつの悪い過去であり、ここで、うまくいけば、自身のプライドの回復や、評価?の挽回のチャンスでもあることに期待を込め、一緒に現場に向かうという一大事となってしまった。
という感じかと思う。

そして、、この映画には、武骨で口数が少なく、その体格の良さや、風貌からも一見怖そうに見えて、近寄りがたい。という、情報顧問とは正反対な性質?の特殊部隊の隊長が登場する。

興味深いのは、情報顧問は、この特殊部隊の隊長を非常に苦手としていることだ。
饒舌な自分に対して、隊長はほとんど言葉を発しない。
何を考えているのか解らないし、、作戦に失敗した情報発信元の自分のことをどう考えているのかも気になる。

(通常、周りからは一目置かれているはずの)情報顧問である自分を眺める?見る?隊長の目が、居心地が悪いのだ。



さて、、話しは戻り、、映画のストーリーを続ける。

いよいよ、ジャンボジェット機と、戦闘機をドッキングさせ、機に侵入するための環境、時間帯に最適な現場に到着となる。
隊員達全員が、輸送機から、ジャンボジェット機に次々と乗り移って、すいすいと任務を遂行したいところだけれど、アクション映画ならではというか、、、もちろん予定通りには進んでくれない。

運悪く、ジャンボジェット機が風で揺れに揺れ、(爆弾処理担当である)隊員が、足を滑らせ、その拍子に背中の骨を何本か折り、そのまま気絶してしまったり、、(一体、、誰が爆弾の処理をするのか!?)
云々、、、連続で起こってほしくないことが起こる。


その上、、極めつけは、、、予定していた時間を大きくオーバーしても、機に乗り移ることさえもできず、まだ、輸送機の中に残されたままの隊長が、
時間切れで全滅の恐れがあると判断し、、、、必死で輸送機に向かって手を伸ばす情報顧問に対して、
『頼んだぞ』と言葉を残し、自らハッチを閉め、そのまま、帰らぬ人となってしまう。。。

という、もう祈るしかない展開になってきて、、
残された隊員たちは、まさに、絶体絶命。。。

と、まぁ、、こんな感じで、ストーリーは進んでいく、、、
(もしも、続きが観たい方は、エグゼクティブデシジョンという題名です。)

申し訳ないですが、、それは横に置いておいて、、



今回、長い長い前置きで、何を伝えたかったかというと、私は、この映画を、何回も見て、最近は購入にまで至っている。

購入までしたということは、何かしらの重要な情報がこの映画に詰まっていると考えて、、よくよくこの映画について分析をしてみた結果、

私はこの映画に、、過去、現在、未来の自分が登場していることに気がついた。
(重ねてみたということであり、、アクション映画のような日常を過ごしている訳ではないです、、。)
もう少し、踏み込むと、この映画を通して、カルマタロットで言う、運命の輪を垣間見た。

簡単にいうと、、例えば、過去の自分が、情報顧問の立場だったとしたら、現在の自分は特殊部隊の隊長の立場にあるということなのだけれど、、

ここでの、、重要なポイントは、、両方の立場の気持ちが解る。ということよりも、、、
過去の自分と、現在の自分が同時進行中。ということになると思う。

つまり、、現在の自分が過去の自分への付き合い方で未来の自分が作られる可能性がある上に、、
恐るべきは過去の自分も、一緒に成長できる可能性もあるということなのだ。。。

さらにさらに、、過去、現在、未来、が、、どのくらいのスパンによるか?でも魔法のレベルは全然違ってくる。
(3ヶ月前の自分の過去と、1年前の過去と、3年前の過去と、10年前の過去では、全く次元が変わってくる)




私の学んでいるカルマの法則や、カルマタロットは、未来を読むというより、未来を理想に近づけるため、現在の自分を磨いていく。ということに重きを置いている。

そして、現在の自分を省みるとき、まずは過去を大事に扱うことが基本になる。

何日でも、何ヵ月でも何年でも考え続けられた人にだけ、使える魔法もある。。。


自慢じゃないけれど、私は諦めの悪さには自信がある。
未来を信じて、過去を、それこそ何百回、何万回と遡って考え続けてきた。
だからこそ、いまの私があると思っている。

ちなみに、、私が知っている中では、不動の2番目だ。
1番と言いたかったけれど、ちょっとやそっとで勝てない人がいるので仕方ない。。。



そして、、私は、今日、数年前のお正月明けに夢で見た、魔法の正体にようやく気づいた。

さて、私も、過去に遡って、過去の私に魔法をかけるつもりでいる。

過去の私はいつ、魔法に気づくのか?

楽しみだ。。。

野生王国 ②

チーター君と山猫ちゃんの話を続けます。

今回は、お互いの前提の違いが具体的にどんな形でカードが現れるか?について紹介予定でしたが、、少し趣向を変更し、チーター君と山猫ちゃんの物語から、、
なぜ?どんな理由から?問題が起こるのか?すれ違いが起こるのか?について、考えてみたいと思っています。


それでは、、はじめます。

山猫ちゃんの目にはチーター君は、スーパーマンのように映っています。
狩りが上手で、大きな獲物が手に入ったときは分けてくれる優しいチーター君は、山猫ちゃんにとってヒーローのような存在なのです。
しかし、実際のチーター君は、たまたま、大きな獲物が手に入った時に、ついでにわけてくれたのではなく、今回もリスクを背負って山猫ちゃんのために、大きな獲物を狙い、狩りをしました。
おそらく、これまでも、わざわざ二人分の狩りをしてくれていたかもしれません。
さらに、山猫ちゃんは自分の経験があまりにも少ないため、狩りがどれほど大変なことなのかも、理解できてなく、ご飯を分けてくれる。と言うことがチーター君にとって、どれほど大きな負担であるか?考えたこともないのです。

山猫ちゃんはチーター君の、リスク、労力、気持ち(支援)が全く見えていません。

さらに、山猫ちゃんは、狩りはいつでも(明日も、明後日も、明明後日も、、)できると考えていて、、さらにさらに、チーター君が当たり前に存在して(居なくなるなど考えてもなく)、続けてご飯を分けてもらいたい前提でいたため、今回の大きくて美味しいご馳走を敢えて少ししか食べず我慢しました。
チーター君は、自分の食べた残りを木の上に隠していたわけではなく、一口も食べることなく、山猫ちゃんのために、大きなご馳走を運んだことを忘れてはいけません。つまり、山猫ちゃんが、お腹がはち切れんばかりに、食べてこそ、チーター君は満足だったはずなのです。

現在、山猫ちゃんは、不安がいっぱいの中、空腹とも戦っています。
少し食べて、またいつでも食べれると思い、残した甘い自分の考えに大きな後悔をしているかもしれません。
もし、、あのご馳走をお腹いっぱいになるまで食べていれば、万が一この日を境に、何も口にできることなく命が尽きたとしても、山猫ちゃんは、それについての後悔はなかったのではないでしょうか?

山猫ちゃんは、幼く、今までは母親に、、はぐれてからはチーター君に守ってもらっていたため、自分が現在置かれている環境、状況、前提等が分かってないことから、このような状況に陥った可能性があります。


また、チーター君は、地上最速で走り狩りをする姿が何ともカッコよく、誰もそのスピードには追いつくことができません。
だからこそ、狩りも得意で、山猫ちゃんにご飯を分けてあげることも可能なのです。
しかし、チーター君、ライオンの群れに獲物を狙われてそれを死守しようとし、現在、大怪我を負い、自由に動くこともままなりません。

相手はライオンの群れなのです。
ライオンは、群れで狩りをし、力で相手をねじ伏せます。
相手が一頭ならまだしも、、チーター君は、自分のプライドを守るよりも、身を守ることが先決だったのではないでしょうか?

もしも、この怪我で足を損傷してしまった場合、チーター君は、得意な狩りも満足にはできなくなってしまいます。

それぞれ戦うフィールド(得意分野)があるのです。
チーター君は自分のフィールドと違う相手に対して、敬意と恐れを持つ必要があるかもしれません。。



野生王国の動物達は、明日の命も知れず、常に死と隣り合わせです。

そこには、世間一般の常識やルールなど存在しません。
一瞬、一瞬を、生きることに一生懸命です。

その前提で私達の物語を考えた時、カルマの法則の理解が進むのではないかと思い、野生王国の動物達を主人公とした物語を扱ってみました。

さて、あなたが、同じ状況、環境に置かれた、チーター君なら?山猫ちゃんなら?どんなスレ違いや問題が起こっていた可能性があるでしょうか??



もしも、何かについての葛藤をしたり、問題が起こった場合に、自分を野生王国に生きる動物だとしたら?

一週間後に死んでしまう可能性があるなら、一体私(俺)はどうしたいか?どうするか?と考えてみるのもよいかもしれません。

死を覚悟した時、自分でも、思ってもいない力を発揮したり、答えを見つけたりする可能性があります。

つまり、自分の現在の様々なプライドや、カッコ悪さに縛られて動けなかったり、前提や状況や環境から、問題が問題であり続けるところを、死という最もリスクの高い問題を前にすると、他の問題は問題ではなくなる。(それどころではない)というように考えると分かりやすいかもしれません。

野生王国

今回は少し、視点を変えて、野生王国を舞台に話を進めます。

野生王国のなかでも、今日は、
狩りが得意で心優しいイケメンチーター君。
母親からはぐれてしまい一人で草原に放り出されたまだ幼い山猫ちゃん。
この2頭の動物と、
さらに、
野生王国に生息する動物たちについての観察日誌を趣味で書いているC君。

この3人?を登場人物として、、それぞれの前提が違うことによって、ズレ?が起こっていることに注目しながら、読んでみてほしいと思います。

始めに、、、
チーター君と山猫ちゃんの関係は、
母親と離れて、狩りも満足にできない幼い山猫ちゃんが、敵から襲われてしまい、、それを遠くから眺めていたチーター君が見かねて守ってあげたことがきっかけで山猫ちゃんはチーター君が大好き。
現在も、チーター君は、幼い山猫ちゃんを気にかけ、たまにご飯を分けてあげたりしている。
ような感じだと想像してください。

チーター君は幼い山猫ちゃんに、ご飯を分けてあげながら、野生王国で生き抜くための知識や知恵も教えてあげています。

また、チーター君の拠点(家)は、山猫ちゃんが拠点(家)にしている洞穴がある場所からは、幼く小さいため、越えられない川の向こう岸にあるので、山猫ちゃんがチーター君に好きに会いに行ったりはできない。
という環境です。





それでは例え話を始めます。

C君のある日の日誌を抜粋しました。
↓↓↓

○月○日

足の速さを十分に発揮し、大きな獲物を仕留めたチーター君をたまたま目撃することができた。
さすがに狙う獲物も大物だ!
最高にスマート?クール?な狩りだった!
そのあと、チーター君は、他の動物からの横取りを防ぐためか?そのまま直ぐには食べずに仕留めた獲物を木の上に運んだ。

そして、一旦チーター君はその場所を離れた。

そのチーター君が獲物を運んだ木の周りを、注意深く観察していると、しばらくして、木の上で、なにかがチラチラ動いて見える。

、、、と思ったら、山猫ちゃんがチーターの獲物をつまみ食い?しているらしかった。
しかし、戻ってくるチーター君を警戒してからか?山猫ちゃんは、ほんの少し食べてすぐに姿が見えなくなった。

夜になって、元の場所に戻ってきた、チーター君の様子が少しだけおかしい。他の動物が、自分の獲物を食べた跡が残されているのを発見したからかもしれない。。。
注意深く、獲物の状態を確認していた。

その日を境に、このあたり一帯であのチーター君が狩りをしているのを見かけなくなった。
獲物を横取りされそうになったのが原因か?
拠点を移したのかもしれない。



さて。次に、この日の出来事をチーター君の視点に変更します。
↓↓↓
(チーター君の発生感情として読んでください。)

今日の狩りは大成功だ!
無理して頑張った甲斐があった!
これなら、お腹いっぱいになる!
山猫ちゃんも喜んで食べるだろうなー。
(獲物を木まで運んで)
ここ。ここ。この木は、この辺りでも登りにくいから、滅多に誰も近寄らないし、山猫ちゃんも安全だ。。。
(一旦離れる)

(戻ってくる)

あれ!?!?
ほとんど食べてない、、、。
他の動物に襲われたのかな!?
いや、でも、それなら、このご飯がこのまま残ってるわけないし、、。
いや、待てよ。。これ山猫ちゃんあんまり好きじゃないのかな?

、、、、、?

なんだよ、、、。
大喜びして、いっぱい食べると思って、大物の狩りにチャレンジしたのに、、。

頑張った甲斐がないなぁ、、、。

何が気に入らなかったのかな、、?

(そのあと、、
チーター君、ライオンの群れに遭遇し、ご飯を死守しようとして襲われ、深傷を負ってしまい、現在は自由に動けない)


次に、この日の出来事を山猫ちゃんの視点に変更します。。
↓↓↓
(山猫ちゃんの発生感情として読んでください。)

(木陰からひっそりとチーター君が狩りに出掛けるのを眺めながら)
わぁー!今日もカッコいい!
また、ご飯分けてくれるかなー??
あの木に後から行ってみよう。。。
(しばらくして、木に向かい)
わあ!!いっぱいある!
でも、、、好きなだけ食べていいのかなー?
あんまりガツガツ食べたら、チーター君の食べる分が少なくなるし、、怒らしたら嫌だしな、、。
また、分けてもらいたいし、敢えてちょっとで我満しとこうかな、、。
(すぐに退散)

(その日を境に、ご飯を分けてくれるどころか、チーター君の姿さえ見かけることができなくなった山猫ちゃん。
何が理由なのか、さっぱり分からず、途方に暮れ続ける)



さてさて、、、この例え話を
少し、整理します。

C君の前提では
チーター君と山猫ちゃんが知り合いとは知らず、チーター君が木の上に隠した獲物を、山猫ちゃんがつまみ食いし、後からその場所に戻ったチーター君が、他の動物が獲物を横取りをしようとした形跡を見つけて、危機感を感じ、それを機に拠点を移したかもしれない。となっていて、、

チーター君の前提では
チーター君は幼い山猫ちゃんが可愛くもあり、山猫ちゃんが、大喜びすると思って、大物の狩りを決行し、(自分だけならもう少し楽に狩れる獲物を狙う。)
成功したので、他の動物に見つかりにくい打ち合わせしていた木の上にご飯を隠し、一旦離れ、どのくらい喜んで食べたかを楽しみに、元の場所に戻ったら、ほとんど口をつけておらず、、訳が分からない状況に陥り、
さらに、そのあと、遭遇したライオンの群れから、ご飯を何がなんでも守ろうとして、深傷を負い、自由が効かず、現在、家で必死の回復中?となっていて、、


山猫ちゃんの前提では
チーター君は憧れの存在で、狩りの名手。
大きなご飯が手に入ったときは、分けてくれる優しくて、男前な存在で、この日、お腹いっぱいになるほどの大きくて美味しいご飯が打ち合わせの場所に置いてあったけれど、、滅多に食べられないご馳走を、一人でガツガツ食べて、チーター君に嫌われたら嫌なので(敢えて)少しだけ食べて後は我満。
それにも関わらず、その日を境に、何の前触れもなく、チーター君の姿さえ見ることができなくなり、かといって、川を越えることができないので、家まで様子を見に行くこともできず、、チーター君の突然の冷たさに、ショックでもあり、腹立たしくもあり、、それに加え一人でこれからどうしたらいいのか、、不安でたまらない日々が続いている。


ということになっています。



このズレまくっているそれぞれの前提が、それぞれの事実であるということに注目してほしいのです。

このような前提のズレが、私たちの世界の観察日誌でも当たり前に起こっていて、
そして、そこから様々な問題が起こっています。

今回は野生王国を舞台に、大きな獲物をチーター君が幼い山猫ちゃんに分けてあげるというイベントと、チーター君がケガをして自由に動けないというイベントを題目にしていますが、

男性が女性に、喜ばせたくて無理して頑張った行為(や、プレゼント)に置き換えたり、いきなり男性から連絡がとれなくなってしまった理由(仕事で何かしらのトラブルを抱えたため、、?)に置き換えたりして、再度、上の前提のズレを読んでみると思い当たることもあるかもしれません。


この前提のズレを、分かりやすく気づかせてくれるのがカルマタロットだと言えます。

そのため、前提を明確にして、誰の視点でカードを引くか?がとても重要になってきます。



次回は、実際にどんな具合でカードが現れるのか?
ということを書いてみたいと思っています。