mahoutukaikunのブログ

対話、コミュニケーション、思考について研究中のみかんです。研究のきっかけとなったカルマの法則やカルマタロットの紹介もさせていただいています。 何気ないある日だったり、感じたことだったりを、気ままに更新できたらと思っています。 日常の呟きの中で、少しでも興味を持っていただけたら嬉しいです。 どうぞよろしくお願いいたします。

表面か裏面か


高校時代、私が所属していた運動部(球技)の特徴は
「走って点数を稼ぐ」
でした。

そして、文字通り、
チームは「速攻」を看板商品としていました。

 

「速攻」とは、
スタートダッシュで飛び出したと思ったら、加速しながら早いパス回しで、敵陣営まであっという間にボールを運び、ゴールまで決めるという、スピード感溢れるダイナミックな技です。
(相手の虚を突くため、決定率も高めです。)


上記の説明文からは、
「使える人が限られている非常に高度な技」
のようにも思えますが、

実は、、ある程度の練習を積みさえすれば、誰でもそれなりの上達が期待できる、優れた攻撃技です。

 

しかしながら、
全国大会まで進んでも、
試合中に、速攻を多用しているチームはほとんどなかった記憶があります。
(全国大会レベルまでいくと非常に上手い速攻を使えるチームも存在しますが、試合中、多用はしてなかったということです。)

 

 

 

速攻は
①1回の使用でもひどく体力を消耗する。
②チーム全体で敵陣営まで攻め入るため、防御の面で不安要素が残る。
という大きな弱点を持っています。


短時間で得点に繋がりやすいとは言え、敵を倒すよりも先に、自らが倒れる危険と背中合わわせな技であるため、使用箇所や、頻度には慎重にならざるを得なかったのでしょう。

 

 

では、、そんな中、我がチームが、トーナメントを勝ち進む上で、毎試合速攻を連続で使い続けられていた理由はなぜだったのか?
(弱点を無力化できていたのはなぜなのか?)

 

答えは
「弱点を補えるスタミナを十分に備えていたから」

シンプルにこれになります。

 

ただし、どれほどの時間や、労力をそのために費やしたか、
その時間がどのようなものだったかを、語ることはシンプルではありませんが。。

 

 

さて、、物事には、成果が出やすいものと、出にくいものがあります。

先ほど、
速攻とは、ある程度の練習を積みさえすれば、誰でもそれなりに上達(成果)が期待できます。
と、書きましたが、


当然ながら、それほど簡単なことではありません。


ただし、
スタミナ練習に比べた場合は、
はるかに短期間で、目に見えて成果が出やすい(形だけでも真似しやすい)という理由で、そのように表現させていただきました。


裏を返せば、ちょっとやそっとで、身に付くはずもないのが、スタミナということになります。
(ここで言うスタミナとは、単に持久力のみならず、筋力、耐久力、回復力などを含む強靭な身体、精神を指します。)

 


物事のシステム、仕組みは
裏面(基礎、土台部分)によって大きく仕上がりが左右されるものです。

 

表面(おもてめん)が、
スター性があり、
華やかで、
カッコよく、
スピード感があり、
洒落ていて、
目に見えやすい、
評価されやすい。

など、、多くの人が望み、憧れるような
内容であれば、


その裏面(うらめん)は、
地道で、
泥臭く、
孤独で、
遅々として、
人知れず、
理不尽な、
面白くもない繰り返し、

など、できれば避けて通りたいような、、表面とは対照的な内容が支えているものだと私は考えます。

 

表面上は、いわゆる
「マニュアル」
などの知識として学んだり、
形を真似たり、手順どおりにやってみることがおおよそ可能かもしれませんが、


裏面は、答えが(解決方法、やり方)が解ったところで、あまりにも多くの時間が必要だったり、実行に移すことが困難であることも多々ある。ということが多い気がします。

裏面とは、
「下積み時代」
でもあるのではないでしょうか。

 

できれば避けて通りたい道ではありますが、
あなたの家(住居)も、地面にポンッと、建物が置かれているのではなく、地下の基礎がしっかり、上段を支えているから、成り立っているように、
大きく、立派なウワモノには、
それを支えるだけの、土台、基礎が絶対条件です。

 

 


もしも、
あなたが希少な知識や手順を知っていたとしても、
実際に
使えるか?
使いこなせるか?
使い続けることができるか?

は表面の強化だけでは足りない。ということでもあると思います。

 


あなたが望むシステムの
裏面には、何が必要か??
自分に足りていないものは何なのか?
何を手放すべきか?

考えていただけましたら幸いです。

 


本日は以上となります。


最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 

おまけ
私の高校時代、所属していた部は、国体指定選手団だったこともあり、優秀な先輩方が揃っていました。


とはいうものの、ユニフォームの数は限られています。


全国でもトップクラスのセットプレー(速攻とは逆で、止まった状態でプレーするもの)が使える先輩でさえ、ベンチ入りがやっと、、というケースも度々ありました。

なぜならば、チームが求める条件が下記の2つだったからです。
「走って点数を稼げる」
「無尽蔵のスタミナ」

 


上記のように、
もしも、あなたが優れた価値をお持ちの場合でも
相手や、環境や、状況によっては、残念ながら、その価値がそれほどプラスにならない場合があります。


方向性はズレていないか?
それを見極めることも、一つの重要なポイントと思われます。

 

投資利益率とは

突然ですが、、
プロスポーツ選手に「まず」求められるものは何だと思いますか?と聞かれたら、あなたなら何と答えるでしょうか?

私なら
「結果と思います。」
と、答えるかもしれません。

結果を出してこそ、後からいろんなものが付いてくるものだと思いますし、
結果を出さずして、プロセスや体調不良などを考慮して、評価してもらえるほど甘くない世界だから。という認識からの答えです。


プロスポーツ選手の能力に支払われるお金を投資とするならば、
どれだけの利益を生み出せるのかを、常に問われている厳しい日常なのだと思います。

しかし、多くの人の憧れであるプロスポーツ選手だからこそ、投資額に比例して背負うものが連動するのは致し方ないことなのかもしれません。

(*投資利益率とは、
投資額に対してどれだけ利益を生み出しているかを見る尺度となります。
投資利益率 = 利益 ÷ 投資額 )



さて、、上記は、プロスポーツ選手に求められる「投資利益率」について書いてみましたが、
これを私たちの日常に擦り合わせてみると、恐ろしい?現実が浮かび上がってきます。


例えば、
あなたが会社勤めをしているとお考えください。

あなたへ支払われるお給料を投資とて、
投資家の(会社側)
「投資利益率」を考えたことはあるでしょうか?

投資してもらえるものが
「お金」の場合、価値基準が分かりやすいのですが、

忘れてはいけないのは、
『人間は自分側に都合を寄せて、計算してしまうところがある。』
という部分です。


もしかして、
投資してくれている会社側の
「投資利益率」の計算と、
投資されているあなた側の
「投資還元率」の計算に、
差異が発生してはいないでしょうか?


会社側からすると、あなたがどんなに頑張っていようが、努力していようが「投資利益率」を算出するための計算式にそれらの、
むちゃくちゃ頑張ってる!などの内容は一切含まれません。
(もちろん勤務姿勢的な?別枠の評価の対象として『ほんのり』含まれることはあるかもしれません。)          


また、あなたからするとずいぶん貢献していると思ってる事や、大きな負担になっている事が、投資家(会社側)からすると、大したリターンとして考えてくれない事が多々あるのも、残念ながら事実です。



では、投資家(会社側)から、あなたに期待するものは、純粋に結果(成績)だけなのか?と言うと、そうではなく、
プラスアルファとして、

『会社内に置けるあなたの役割』
『チーム(仕事仲間)とあなたの関係性』

も、重要な付加価値(加点部分)として、しっかりと見られている部分になると思われます。

また、それらは乗算的に機能し、結果的に高い利益を投資家(会社側)にもたらすことにも繋がるため、通常認識されているよりも影響力は強いと個人的には考えます。


なお、付加価値としては、
下記のようなものがあることを、ご参考にしていただければと思い記載しました。
↓↓

★集客力
★人気度
知名度
★ビジュアル
★リーダーシップ性
★ムードメーカー
★パフォーマンス性
★誠実性
★実績
★信頼度
★安定感
★コミュニケーション力
★回転率のよさ
★効率性
★アピール力
★情報収集力 
★堅実性 など


尚、
「会社内に置けるあなたの役割」については、
「あなたが担当してる役割」
ではなく、
(役職がリーダー職であるとか、広報部に所属しているとかではなく、、)

「あなたの魅力、能力」と認識ください。


ここで、繰り返しとなりますが、
人間は自分側に都合を寄せて、計算してしまうところがあるので、
あなたの魅了、能力については、自分自身が想定している?2割減くらいで設定値を定めることをおすすめいたします。
(ちなみに、、上記は、あなたの価値として加点される部分ではありますが、著しくネガティブに傾いた場合は減点されることもあるのでご注意ください。)



投資家(会社側)と、あなたとの、
お互いの「ズレ」を見つけ、
自分寄りの計算式を、投資家の「目」から見るあなたの姿により近づけるためには、、
マッチング作業というものがあります。


マッチング作業を、簡単に表記すると、①と②を、並列し、何がどの程度一致しているか?結んでいく作業です。


あなたが
いつ?
何を?
どの程度?
どのくらいのスパンで?提供できるか?


投資家(会社側)の、
望むもの
望むタイミング
望む量、範囲
望む期間


どこまででも恐ろしい話にはなりますが、、マッチング作業を進めていくうちに、投資家(会社側)から見るあなたの魅力、価値が、「日々」変化していることがご理解いただけると思います。  

また、投資家Aからしたら、大変魅力的なあなたが、投資家Bからしたら、それほど魅力的に映らない。というケースが、同タイミングであり得ることも実感できるかもしれません。




最後に、、
ここまで読んでお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、
投資するもの、されるものを、
「お金」
だけでなく、
「愛情」「時間」「能力」「技術」
などと置き換えてみることで、

あなたが、今、うまくいってない関係性や環境の改善にむけて、ヒントが見つかる可能性もあります。

例えば、、
「会社とあなた」との関係性を、

恋愛に置き換え、
「好きな人とあなた」にして、
投資してもらうものを「愛情」として、考えてみる。というやり方です。



ちなみに、基本的には、
何を投資してもらいたいにしろ、
あなたと投資家との「出会い方」
投資家に投資対象として認知してもらうための「自己アピール」は、
すべてのプロセスへ向けての、重要な鍵を握っているのでご注意ください。
(そこを突破し、通行証の発行をしてもらわないことには、なにも始まらないということ。)


本日は以上です。
ここまで読んでいただいてありがとうございました。


次回は
「好きな人とあなた」の関係性で、
マッチングの具体例を書いてみたいと思っています。

最強の武器にする?

私には姉がいます。
親しい人達が言うには私と姉では180度性格が違うそうですが、
そんな姉からは、
「ちゃんと考えてないよね?」
「ちょっとは、考えなよ?」
と、昔からよく注意を?されてきました。

姉としては心配してくれているのも重なり、歯がゆい思いもあったのだと思います。





姉と私は、
「モノ(情報)を捉える視点が違う。」
「情報を仕入れた後の思考展開が違う。」
のでしょう。


当然ながら、上記の違いは、
私と姉の
置かれている環境や立場の違い、人間関係等も大きく影響していると思われますが、



そもそも、モノ(情報)を見る?捉える?視点や、そこからの思考展開は、何が基準になっているのでしょうか?

これについては、
いろいろな要素が絡み合ってはいるものの、
ひとつだけ挙げるとしたら、
「優先順位」により左右されているのではないかと思っています。




姉は、
下調べを万全にし、詳細に計画を立てつつ、慎重に物事を進める人なので、


それを基準に考えるならば、
私は、無鉄砲に突き進む人。(無茶苦茶な人?)
というように映っているかもしれません。





私と姉の、情報収集の仕方や、その扱い方の違いを一言で表現すると、、

姉は「書類審査」
(知識が先)
私は、「現地確認」
(体験が先)

という感じになるのかもしれません。







ここで、少し、話題を変えます。

例えば、
あなたがモテるようになりたい!と思っているとします。

「モテるのはこんな人!」
「これができたらあなたはモテる!」
的な特集を、雑誌や、ネットから入手し(知識が先)
特集どおりにあなたは実行したとします。

さて、実際にあなたは、モテるようになるのでしょうか?!

もちろん、何らかのの変化は、訪れることだとは思いますが、期待した結果ほどではない可能性もあるかもしれません。
。。。さて、、、特集どおりに実行したはずなのに何が原因でしょうか?



また、違う角度から掘り下げてみます。

あなたが、好きな相手に思い切って告白してフラレたとお考えください。(体験が先)
告白するまでももちろんのこと、
結果がでたのに?むしろ、結果が出た後こそ?
苦しい時間を過ごすことにはならないでしょうか。


答えはNOだと、ハッキリでたとして、
頭では分かっていても、
その日を境に、はいっ!と、気持ちを切り替えられないのが人間だと思うのです。



1から0の間の(この場合は可能性とお考えください)
表面的に見えない空間?時間?思いを?行ったり戻ったり、行ったり戻ったり、、行ったり戻ったり、、
それこそ、いろいろな思いを、繰り返すことにより、自分を納得させたり、少しずつ、思いを消化していくことに繋がったりはしないでしょうか。


つまり、あーでもない。こーでもない。などと、行ったり戻ったりして、
無駄にも思える時間こそが、
1から0(もしくは0から1)を、埋めるための必要な要素のひとつではないかと、私は思うのです。




逆を返すと、
目標達成、結果を出すためには(0→1)

視覚化や、数値化、マニュアル化できるものにプラスして(知識)

苦労、経験、出会い、葛藤などを積むことも (体験)
必要な事かもしれない。と考えることができます。




しかし、ここで気になることがあります。

視覚化できない、数値化、マニュアル化できないものについては、どこにも目安がありません。

だとしたら、
どの程度苦労すればいいのでしょうか?
どのくらいの期間葛藤すればいいのでしょうか?
自分には何が足りないのでしょうか?
(当然、人によっても違うと思われます。)




突き詰めていくと、、

知識や経験を広げ、ひたむきに努力し続けることで、今後の可能性が大きく広がるはず!
なのですが、、


最後の「鍵」の扉の向こう側は、
神のみぞ知る。と呼ばれる世界になるのかもしれません。






この鍵を手にするための勝負、、
ハイリスクローリターンのような気がするのは私だけでしょうか?


しかしながら、
この厳しい世界にも?
むしろ、厳しい世界だからこそ?
魅力的な面もあります。



既に視覚化、数値化、マニュアル化していたり、
できるものについては、共有もしやすいですが、
難しいものについては、共有も難しいものです。


共有が難しいということは、コピーすること(真似ること)も難しいことはお分かりかと思います。



例えば、、

直感。
肌で感じる。
鼻が利く。
行間を読む。
勘。




刑事の勘。
バイヤーの審美眼。
料理人の仕上げのタイミング。
勝負師?の仕掛けどころ
など、、


「鍵」を得るために必死で努力するそのプロセスの中で、

上記のような、、非常に希少性が高い武器が手に入る可能性もあります。


当然ながら、、プロセスの中で手にする武器は、
現場で鍛え、磨きあげることで、身に付くものもあれば、管理する立場でなければ手に入らないものもあるでしょう。


最強。
高尚。
高価。
貴重。
最硬。

盾を優先するか。
矛を優先するか。
悩ましいところですが、、

さてさて、、あなたなら、
どんな武器を手にしたいと思いますか??





次回も、引き続き同じ話題で書いてみたいと思っています。


最後までお付き合いいただきまして、ありがとうございます。


本日は以上です。

モテたい!?

おおよそ、人は目の前の相手から、自分がどう見えているか?どう思われているか気になるものだと思います。

ましてや、それがいいな。と思うような相手なら、尚更気になるものではないでしょうか。

 だからこそ?

多くの人が、

自分自身のことを気にしている。できれば良く見られたい。

ということでもあるので、

 逆に、あなた自身のかっこよさについては一旦置いておき、

目の前の誰かのことを、もしくは、いいなと思っている相手を、あなたが「脇役」として、輝かせられるかどうかが

「モテ」への重要な鍵を握っていると思うのです。

 

 

 

例えば、、、 

ある俳優さんは、女優さんがラブシーンを撮るなら、この人がいい!と言われる、リクエスご指名No.1だそうですが、

 

理由は

【私が最も美しく見えるように演じてくれる俳優さんだから】

 

 

自分の身体が映像として残るならば、最大限に美しく魅力的に映りたいのは、人間の心理でもあるし、女優さんなら尚更そうだとも思います。

(女優さんに限らず、俳優さんとて同じと思います)

 

しかし、そのご指名No.1俳優さんは、ラブシーンを演じるにあたり、ご自身をカッコよく演じることよりも、女優さんを輝かせる名脇役としての役割を優先しているわけなのですが、、

 

結果、一緒に演じている女優さんの価値を最も高めてくれる存在として認識され、

「ラブシーン撮るならこの俳優さんと!」

と言わしめるほどの評価の高さに繋がっているのだと思います。

 

 

 

さて、、ご指名と言うと、クラブやキャバクラ、ホストクラブなど、、華やかな夜の世界が頭に浮かびます。


まさに、その世界そのものが、恋愛のプロ?モテ道のためのお師匠さんのようなものですが、、

 

酒屋さんで買うお酒の数倍、数十倍のお金の支払いをも可能にさせ、

 それでも、なお多くの人が、繰り返しお店に足が向かってしまう魅力とは、一体何なのでしょうか?!

 

 

もちろん、細部に至るまで工夫されているでしょうし、様々な理由はあるでしょうが、


大きいところでは、

冒頭のラブシーンご指名No.1俳優さんにも繋がりますが、

お客様(主役)を気持ちよくさせてくれるプロの名脇役が揃っているから。

ではないかと思っています。

 


一緒にいることで、自身の存在価値を高めてくれたり、癒されたり、心配してくれたり、楽しませてくれたり、、

とても大事な方としてのおもてなしを受けながら、もしかしたら、もしかして、、俺のこと、私のこと、、本気で好きなんじゃないの!?などと、期待に胸膨らましちゃったり、、、

  

 


多くの人が繰り返し通い、お金と引き換えに、手に入れたいモノ、、、

それがモテのお師匠さんたちの作っている世界にあるならば、、、



 もしも、あなたが上記に近い世界の、、

「空間」「時間」「感情」を、提供することができるならば、

モテる!(かもしれません。)



本日は以上です。


次回は、モテに近づくための、具体的な方法を考えていきたいと思います。


 

 

 

 

やる気スイッチ

前回の続きで
心に突き刺さる言葉について、、

本日は違う視点から話を展開させていただきます。




私は、小さい頃から、
「やればできるのに、なぜはじめからやらないのか?」
とよく言われていました。


つい最近まで、
「やればできるのに、やらない自分」
について、なんの疑問も持っていなかったのですが、


どうやら私は、
「やればできるのにやらない。」
ではなく、

「やらなくても大丈夫な状態なら、できない。」
つまり、、、
「通常はできない。」(したくない。)
だったことに気づいたのです。

 
この「通常はできない。したくない。」というのは、

★やってもやらなくても、それほど自分に影響がない。(自己肯定感に影響がそれほどない)
★自分にとって重要度が高くない。
★やらないこと(できないこと)がそれほどカッコ悪いと感じない。
★やってみてできないより、はじめからやらないほうがカッコ悪くない。
★努力するだけの価値を感じない
★リスクが高い

これらの理由から
やる気がどうしても起こらない状態だったのではないかと思うのです。


これが、反転して、
できないことが自分にとって大きく影響したり、重要度が高いものに変化したとき、

自分の価値が下がることを回避するため、なにがなんでもやる方向に
↓↓
「やる気スイッチが入る。」
ということが起こっていたのだと思います。




では、例えば、私が
やる気が起きなかったことに対して、

【やる気スイッチが入る】タイミングとはいつだったのでしょうか?


おそらく、そこには、
挑戦の先に、カッコいい自分の姿を妄想するイベントの発生が関係していたのではないかと思うのです。



もしかしたら、それは、
応援してくれる存在ができたことにより、期待に応えたいと思った。
かもしれないし、
できないことは大した問題ではなかったが、バカにされたことで名誉挽回のため解決する必要がでてきた。
かもしれないし、
四方八方塞がり状態の厳しい状況に、一筋の希望が見えた。
かもしれないし、
過去に傷つけられた自尊心を回復できるまたとないチャンスが巡ってきた。
かもしれないし、
環境がとにかく不快で一刻も早くこの環境を抜け出したい。やらなければ生命の危機。


等、上記のような様々な理由からだったのかもしれません。





さて、、、この やる気スイッチにつながるイベント。
タイミングよく発生してくれたら、物事がすいすい捗り嬉しい限りなのですが、もちろん、そんなにうまい具合にはいきません。

では、挑戦することにいまいち乗り気じゃないことや、躊躇していることは、
運よくイベントが発生するのを待つか?もしくは、諦めるしかないのか?というとそんなことはありません。


イベント発生と同じ原理を使って 対話で(言葉で) カッコいい自分の姿の妄想へ導くことができるかもしれないのです。
(細かく言うと、環境の設定も考慮する必要があります。)








ここで、話は、前回の
  「俺はF1ドライバーだ。
     お前は何者だ?
       さあ、レースを始めようぜ。」

                        に戻ります。



今日はリスクが高いのでやめるべきだと訴えていたドライバーB。

選択肢は2つだったわけですが
「俺はF1ドライバーだ。お前は何者だ?」と言われてしまっては、自分がドライバーAよりも格下になりたくないなら、走ることで証明するしかありません。
走ることが「俺もF1ドライバーだ。」の答えになるからです。
ドライバーBが実力者ならば余計に「やっぱり今日はやめとこう。」的な返答など、到底カッコ悪くてできなかったことでしょう。
もちろん、他のドライバーにも同じことが言えます。

また、審議をしていた関係者も、F1レースに関わっていることへの誇りが高ければ高いほど「決行しよう」と応えずにはいられなかったのだと思います。

つまり、ドライバーAの言葉は、やる気だった人も、躊躇していた人も、中止を希望していた人も、、、
それぞれがバラバラの方向へ向いていた会場で「カッコいい自分でいるためのそれぞれの妄想」を使って、すべての人を同じ方向へ向かせてしまうほどの威力があったと言えるのではないでしょうか。





個人的な話になりますが、私は、上記のたった一言で、熱い戦いを見守る観客の一人として、映画の中に勝手に参加して、やるしかないでしょう!!!と妄想スイッチが入りました。

出演している当事者でもないのに、この言葉を聞いた瞬間、映画の中の世界に引っ張り込まれ、観客の一人として勝手に熱くなったということになります。

なんだったら、その瞬間、その言葉を話しているドライバーAに妄想して成りきっていた可能性さえあります。



つまり、、
ドライバーAの言葉(とF1カーのエンジン音の効果も含め)は、私にとって、妄想の世界へ導く要素がふんだんに含まれていたのだと思います。


ちなみに、私は、特別F1に思い入れがあるわけではなく、車にも詳しくありません。
そんな私がこの映画の後、F1の日本グランプリについてや、チケットの取り方などを調べたりしました。
思った通り、チケットはなかなかのお値段でしたが「行く価値あるかも!」と思わすほど、ドライバーAの言葉は、私を(好き勝手な)妄想に導き、F1に興味を向け、さらに(お金の発生の方向へ向けて)実行に移させるには十分だったことが自身で証明済です。




上記より、やる気が起きない時はもとより、恋愛や、営業に至るまで、自分が進みたい方向へ、
カッコいい姿をリアルに描ける(好き勝手な)妄想へと、自分とそして周りまでも巻き込んで導く言葉を話すことができたら、その方向へ進むことが可能かもしれませんよ?
という感覚をお伝えできたら嬉しく思います。




ただし、心に突き刺さり、揺れ動かし、突き動かす言葉が、
私とあなたは同じじゃないかもしれない。という重要ポイントがあります。

同じイベントが発生してもやる気が起きるかどうかに個人差があるように、
同じ言葉でも、応えることがカッコいいと思えるかどうかは個人差があるからです。


事実、ドライバーAの言葉に心を動かされなかった方もいらっしゃることでしょう。




それでは、自分や誰かのやる気スイッチ(妄想スイッチ)はどう探せばいいのでしょうか?

これについては、次回、書いてみたいと思っています。



本日は以上です。

お前は何者だ?!

本日は、F1ドライバーの人生を描いた映画について書いてみたいと思います。

F1ドライバーとは、常に死と隣り合わせの職業で、レース前には、迫り来る死の恐怖と戦い、それを制し、自らその恐怖の方向へアクセルを踏み込まなければいけないそうです。
だからこそ、普通の人では考えられないようなお金を手にすることができたり、モテたりするわけですが、、。




この映画には、
野性的思考であり、毎日を人生最期の日の様に謳歌する豪放なプレイボーイで、勘を活かした走りを得意とするドライバーA。

「コンピュータ」と評される論理的思考であり、レーサーのイメージとはかけ離れた勤勉な男で、工学の知識を活かして自らマシンを整備する走りを得意としているドライバーBが登場します。

全く正反対の性格の2人が、やがてライバル関係となり、度々レースで競い合うという物語展開です。


ある日のレースの朝、大雨模様となってしまい、リスクを考えると、このままレースを開催してよいものか?と、関係者が集まり審議していた時のことです。


ドライバーBが、大会関係者に向かって理論的に訴え続けます。

「レースをするにはあまりにも環境が悪い。よって今回は見送るべきだ。
F1ドライバーは常に20パーセントの死のリスクを抱えている。
それは仕方ないが、それ以上の確率は認められない。」


確かにドライバーBの話は、至極、最もなものであり、誰もがモヤモヤした気持ちを抱えながらも、反論の言葉が見つからず、会場が混沌とし始めた時、


曖昧な空気を打ち破ったのが、
ドライバーAの言葉でした。

「俺はF1ドライバーだ。
  お前は何者だ?
     さぁ、レースをはじめようぜ。」

常に理性的なドライバーBも、これには何も言い返せず、レースの決行が決定的となったのですが、、

映画の物語は横へ置いておいて、、



「俺はF1ドライバーだ。
   お前は何者だ? 
      さぁ、レースを始めようぜ。」


個人的に、この言葉が胸に突き刺さりまくって、痺れまくって、ブログを夢中で書いてしまいました。

(もちろん、命を軽々しく扱うのは反対ですし、どんな場合でも、上記が適用されるわけではないのですが、
舞台が世界最高峰のF1レースであったこと、F1に上り詰めるまでのF3からの苦労や努力、F1ドライバーとしての誇り。等
それらを含めて、その台詞が心に突き刺さった。というようなことをご理解いただけたらと思います。)



100パーセント正しい意見、言葉であろうとも、

それが、例え常識はずれであろうと、何の根拠もなかろうと、、
強く心に突き刺さり、心を揺さぶられる言葉の前では無力化(効力が無効になる)されることがあります。


さて、、、
心に突き刺さり、揺さぶられ、突き動かすものの正体とは、一体なんでしょうか?


また、、
あなたの話す言葉は、
誰かの心に突き刺さり、揺さぶることができているでしょうか?



次回で、そのあたりを書けたらと思っています。

本日は以上です。

最後尾スタート

今回、高校時代の部活の思い出?
「走り込み」について、書いてみたいと思っています。
(以前、ゴールという題名の回で書いた内容の続き?となります。)


練習のひとつ、走り込みの中でグラウンドインターバルといって、制限時間内にグラウンド一周を走り、一周を終えた後は、何十秒かほどの休憩(次のスタートまでの準備時間)を挟み、また、次のグラウンド一周にむけてスタートする。。が繰り返されるメニューがありました。(外周インターバルになると、外周を何度も走る。に変わります。)

決められた制限時間内にゴールまで3回戻ってこれればクリアになり、時間制限より遅いと3回クリアになるまで走り続けることになる。というものなのですが、私達1年生は、スタートラインに最後尾のみ並ぶことが許されていました。

どの程度の制限時間だったかというと、最前列の先輩方がクリアできるのがやっと。と言えば、ご理解いただけるでしょうか、、。(先輩方は、俊足揃いでした。)
私達最後尾の1年生は、先輩がクリアしていくのをひたすら耐えつつ、15周近く走り続けることが常だったため、「インターバル」というメニューを告げる監督の声を聞いただけで、強烈な恐怖感と吐き気に襲われていたことを覚えています。。

しかし、考えようによっては、1年間耐え忍べば、学年が上がると同時に少なくとも列は確実に前列に近づくので、走る周数も少なくなっていくのです。


さて、、
3年生の先輩が引退し、自分が2年生にあがり、新入生が入部してきました。

「グラウンドでインターバル!」の監督の声で、スタートラインに一斉に並びます。
私達2年生は、3年生の後ろに当たり前に並びました。

そうすると、その春からチームに加わった新コーチから、

「おいっ!2年は、前列を1年と代わってやれ!」
「1番弱いのんを、最後尾に並ばずやつがおるか!!」
と、いう指示が飛んできたのです。。


それなら3年生は?ということになるのですが、
新入生に、どれほどのスピードかを体験さすため3年生が最前列。
1年生を挟んで、最後2年生の順に並べという指示で、

結局のところ、、2年生にあがっても、またもや最後尾からのスタートが決定づけられたのです。


ついでですが、3年生に上がったときはどうだったか?というと
最前列から、2年、1年、最後尾に3年やー!
とのコーチの一声で、

なんのことはない、、私達学年は、前列からの景色を見ることなく、3年間、しっかりと最後尾を守り続けたのでした。




当時私が
2年は最後尾に並ばんかっ!!との新コーチの指示を受けて、
最後尾に下がりながらの頭の中は、 

おかしい!や、理不尽!

などはなく、

15周を走りきる。
その事実のみしかありませんでした。

なぜなら、、初めてこのインターバルを予備知識なく、新入生早々15周以上走った時のことを思えば、なんら大したことではなかったからです。


このインターバルは、練習メニューの中でも過酷さを極めていたため、あまりのキツさと周りの目からのカッコ悪さに耐えられず、ついていけずに退部する新入生が続出でした。

そんな中、なぜ、初心者マークの私が生き残れたのか?なのですが、ずば抜けた体力があったとかではなく、、ただ単に、自分の状態さえ(おそらく走りながら気絶状態?)もはや分からないレベルに達していたから。だと、思っています。
つまり、限界を超えていて、自分自身のことを判断できる状態になかったからです。



しかし、ここでちょっと別の角度からこのスタートラインの順番について考えてみたいのですが、

はじめは、名前を聞いただけでこれから起こることへの恐怖でいっぱいになりながら走り続けたこのインターバル。
入部して、半年も走り続けたら周りを観察できるくらいにはなってきます。

そして、一年後には「インターバル」と、聞いても、もはや何も感じません。

どんなに嫌だろうが、恐怖を感じようが、しんどいものはしんどいし、なにかが変わるわけでもないので、
目の前のことをやるだけ。

ただ、その事実だけが残った感じと言えばお分かりいただけるでしょうか。

そして、この域に達したことで、2年生になり、またしても最後尾スタートと言われたところで、
大したことではない。。
と、思えるようになったのだと思っています。
(ちなみに、私達2年が新コーチの指示で最後尾に下がったと同時に、前列に上がれた新入生にとっては、たった1、2列でも大したことだったと思います。)



私の場合はデビュー早々、最後尾からのヘロヘロスタートでした。

しかし、常に3周でクリアにできていたインターバルが、いつかは、15周走る順番が廻ってくる恐怖も大変なものだとも思うのです。




上の周回数を、しんどさ?とするとして、、
学校や、会社や、家庭や、友人関係や、恋愛関係や、、、
通常の世界でもよくある話ではないでしょうか。

(例えば、
新入社員時代、はじめは余裕をもって仕事をさせてくれるか。
それとも、新入社員時代早々に新規の営業ノルマが先輩方よりきついか?(先輩方は管理の仕事もあるため。)
等)



さて
悩ましいのですが、、


いつの時点かで、
どちらにしろ、最後尾スタートを経験しないといけないとしたら、、、?




選択権など、通常はありませんが、
選べるとするならば、、
あなたならどの列からスタートしたいですか?



追伸
選べる選択権があるということは、その分野に関してはあなたは最後尾からのスタートを大したことではない。と、思える人なのかもしれません。